生まれ育った家の二階の、通りに沿うようにはられた廊下は、やや幅広に作られていたので、絨毯を敷き、ストーブやちょっとした家具、音響機器なども配置し、部屋に準ずる空間になっていた。
廊下いっぱいにとった二重窓は、縁の高さが低く、ガラリと開いている時は、ヨチヨチ歩きの小さな子にも、或いは暴れ盛りの少年少女、更年期でクラクラしている御婦人や、酩酊中の成人男子にとっても、通りに落下要注意の場所だった。
朝方の夢のなか、その、今はもう存在していない家屋の二階窓が、全開となっていた。
そしてそこから、音楽ノートのように、幾重にも重なる細い横線の電線で裁断された、薄いグレーの空のうえを、例えば、多分、米国のF15 とかロシアのミグ、といったタイプの戦闘機のシルエットが、横切っていくのが見えたのだったが・・・。
今日は珍しく、横にある普通サイズの窓も、開かれていた。
そこから、一瞬で飛び去っていったはずの、最新鋭と見られる戦闘機が、電線に引っ掛かり、絡めとられ、もがいている様子が、間近に見えた。
「やばい。まずい。うちに、来る」
幼い自分の子らのために、声にしたけれど、恐怖は、それほど強いものではなかった。ああ、もしかしたら、ずるずる、めりめり、来ちゃうのね、という緩い感覚。
子らに、窓から離れ、和室の奥へ退避するよう指示し、飼い猫のアビ、ルー、ジュヒーにも、おなじことを呼び掛けた。現実には、子らの大きさからして、まだこれらの猫たちは、個体としてこの世に発生しているはずはないのだが、夢の理に従い、矛盾なく、同じ時空を共にしていた。
アビとジュヒーは、言いつけを守り、床の間の違い棚の上に、それぞれ場所を見つけ、不完全な招き猫めいたポーズで固まってくれたのだが、ルーだけが、戦闘機がやって来そうな場所に、むしろ楽しげな足どりで、吸い寄せられていく。
そうしている間に、とうとう、後戻り出来ないはずの巨きな蜻蛉が、身動きがとれなくなり、恥辱を感じながら、どうすることも出来ず、後退して来る趣きで、実家の二階の横の窓や壁を、最小限の破壊力と鈍さで破りながら、尾翼から、めりこんで来たのだった。
「少なくても、家の屋根と壁と窓、カーテンレールにカーテンも、やられてしまったから、きちんと損害賠償取らなくちゃ、相手が誰であれ」
キリリとした気持ちで、動きを止めた戦闘機の方へ歩みを進めると、既に、軍服に身をつつんだブロンドヘアのパイロットや、この類の事象や政治的判断の専門家と思しき年嵩の男たちが、尾翼の横に立ち、私を待ち構えているようだった。
その時点で、私の後ろに控えているのは、損傷した昭和の住宅なのだが、この非礼な戦闘機や軍服たちの背景は、薄暗く巨大な軍用格納庫に変わっていた。
うわあ。戦闘機が、いっぱい、しまわれている。
結局、悔しいことに、警告や非難、や、少なくても、彼奴らに教育的指導をするのだぞ、と意気込んでいた私だというのに、実際にしたことといえば、取り敢えず自ら、右手を伸ばし、握手を求める、という日和った行為なのだった。
握手に応じた、自信ありげな軍服さんの手は、がっしりと肉厚だ。
ああ。
がっかりしたところで目を覚まし、ニュースを見ると、ロシアのSu27戦闘機が、北海道沖で領空侵犯した、と報じられていた。
ああ。ロシアブルーのルーくんが、夢のなかのあの戦闘機をちっとも恐れず、はずんだ様子だったのは、彼の出自に関係ありだからか、と、オチをつけてみる・・・。