これは全て、イラクサのお茶のせい?
『茶酔い』、という言葉が、うんと東の、瞳も髪の毛も黒い色しか持たない人びとの国にはあるという。
私は、イラクサのお茶に、惑わされているだけなのか。
「少し、眠ろう。今日はもう、実験室には行かないから。一緒に、眠ろう。」
「ラッレ、でも私、暗くなる前に市場に行って、そう、ビーツを買って来なくちゃ。ビーツのスープ、作りたいの。ラッレ、あなたのために。鮮やかなルビーピンクの、温かい飲み物。」
「同じ色の果実を、僕は、知っているよ。兄たちと逸れて迷い飛んでいるうちに、翼を痛めた僕は、風によって、暑い国まで流されてしまったんだ。その国では、それは、『龍の果実』と呼ばれていた。ドラゴンの眼の形に似ているから、と教えてくれるひともいた。そう、昼の間だけの、人間の姿形をしている僕にね。」
「ラッレ、私は、イラクサのお茶の飲み過ぎなのかしら。それとも、ただ単に、あなたという気狂いの若者に、愚かしく心乱されている、引き篭もりのかわいた女なのかしら。」
「そのどちらでもないよ。あなたは、思い出すことを止めただけ。目を瞑ったまま、時空の袋小路で蹲ったまま、それでも、応えを求めている。だから」
「だから?・・・」
「僕が、現れた。僕が、ここにいる。」
「だって、この窓の高さは、・・・」
再び、彼は言った。懐かしい譜のように、呟いた。
ラッレの瞳の奥に、手がかりを探すには、私はもう、充分に疲れていた。市場まで降りていくのは、どのみち、無理だったのかもしれない。
私は、ビーツのスープに落とされたサワークリームのように、ふわりふわり、眠りの中核へと、流れ溶けていった。