「 裁判を傍聴するという機会があった。
十一月末、晴れてはいたのだけれど、東京地方裁判所のなかは、わたしの骨粗鬆症気味の骨の、すかすかの空洞をも冷やすのではと思われるほど、ひんやりしていた。
裁判傍聴が二度目の女性がアレンジしてくれたので、新件、審理、判決、をとり混ぜ、入国管理法違反、万引き、窃盗、強盗、強姦、殺人、の刑事裁判を傍聴することができた。裁判員裁判の行われない日だった。
緊張で神経がキリキリと立ち、眠気のさす間などないだろうと予測していたにもかかわらず、ひとが殺められたのではない新件で、検察官が述べる、長時間で早口の罪状を聞いているうちに、睡魔に襲われてしまった。
とりわけ、被告人が外国人で、彼らの母国語で早口で延々語られる罪状、となると、それは子守歌のようだった。
かなり気持ちの悪いはなしを聞きながら、かなり気持ちよく眠りの国の入り口までいってしまうことは、不思議だったけれど、傍聴席を見ると、わたしだけではないようだった。傍聴する、という意志を持って、臨んでいるはずなのだが・・・。
裁判傍聴をしてみて、自分の予備知識の不在を埋めていたのは、空白ではなく、ちょっとした偏見と思いこみだったことに気づいた部分がある。
裁判長、という立場のヒトは、然るべき時に、然るべき冷徹さをもって、斧のように、判決を下すばかりだと思っていた。
マスコミに取り上げられたりした裁判長の判決の際の、人間的な文言や、やわらかさは、その裁判長の心映え自体が、百年に一度あるかないかの事件(?)のレヴェル、なのだろう、と考えていたのだ。
しかし、その日、わたしが傍聴した事件の裁判長に、前述のような冷徹バッサリ系なひとはいなかった。
若くて経験の浅い(と、思われる)検察官の被告への質問の仕方を、穏やかに指導したり、被告へも、対罪人という囚われのない接し方をしていた。
あらゆる面で、相容れない者同士の戦いの場でもある裁判において、裁判長は、律し、断罪するひとでもあるけれど、もっと統合的な何かを感じさせる存在であるように思った。