ふみちゃこ部屋



可愛いものには、ちゃこをつけて 2

 前脚をそろえて、チンチラの女の子は、ガラスの向こうから、まっすぐにわたしを見あげていた。
 わたしを見つめたまま、彼女は、にゃお、と見事な口パクをした。ガラスによって、鳴き声が聞こえなかったのではないことを、その後の生活のなかで、わたしは学ぶことになる。
 家のなかで、声を出さずに鳴くのは、チンチラの女子だけだ。かならず、わたしを見つめ、ごくごく微かに、空気を振るわせる。わたしの耳に、それは女の子の頼りなげを超えて、生存の確認を急がなくては、ぐらいのレヴェルに響く。
 わたしのアタマの底では、ああ、小動物の雌に、やられてる、操られてるなあ、と感じてもいる。
 だども、抵抗できない。
 彼女のなかでは、ニンゲンなんて、ま、少なくても、この人間かあさんをいじるのは、簡単っ、という認識が深まっているのだろう。
 それでいいのだ、と思う。これでいいのだ、と頭のなかでは、も一回、バカボンパパが、だめ押ししてくる。
 
 ところで、家に連れてきたはいいが、去勢をした(ああ、ニンゲンの都合、勝手による)とはいえ、もと雄の気配を心身に残すアビシニアンとロシアブルーが、新入りの雌を、どう迎えるのか、あるいは、迎え撃っても、迎え入れることはないのか、とても不安だった。なにかが起きるであろうことは、確実な見通し。アビとルーの魂は、大恐慌を引き起こすだろう。うまく収まる保証はないというのに。そうとわかっていて、もう一匹新しい猫を連れていこうとする自分は、ぷち人非人やもしれぬ。

 次に日の午後には、チンチラペルシャの女の子は、餞に淡いピンクのリボンをお頸に結んでもらい、ハウス型の段ボールに詰められ、わたしの車に乗せられた。
 別れの挨拶のとき、お店のお姉さんが、じゃあね、と言いながら、涙ぐんだように見えた。
 お店の人を泣かせるなんて、この猫はなんだか凄いぞ、と、わたしは意味もなく、心のなかでほくそ笑み、そんなことでほくそ笑んだ自分に、また可笑しくなった。




 
 


 
 
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# by chaiyachaiya | 2011-10-27 23:24 | | Trackback | Comments(0)

可愛いものには ちゃこ をつけて

 わたしの猫、アフガンの白天使、ジュヒは、チンチラペルシャ。
 
 長毛種など、今生では決して飼うことはないと(相変わらず、大仰な物言いのわたし)信じていた。いかに見た目が豪華だったり歩く姿が優雅だったりでも、その豪華優雅の元の長毛の手入れ、部屋じゅうに放出される長い猫の毛、を考えると、怠け者のわたしにとっては、ふふふ、ありえないことだった。
 しかも、チンチラペルシャといえば、わたしが思い描く猫の神秘的な美しさの対局にある顔つきなのだから、無料で差し上げます、と言われても、いやあ、すみません、と遠慮していたはずだ。あの、つぶれた顔を見ると、猫ではない、と思ってしまう。(実際飼ったことのある方は、性格も姿もけなげで、一晩で情が移りますよ、と言っておられたのですが)
 
 でも、わたしは、出逢ってしまった。
 ペットショップの大きめの檻のなかで、ごく小さなノルウエジャンフォレストキャットをせっせと毛繕いしている、子猫としての旬を過ぎようとしている、一匹の白いチンチラを。
「このチンチラ子、お見送りキャット、って言われてるんですよ。最近、ソマリ、やシンガプーラ、エジプシャンマウ、って珍しい子がいっぱい入ってきて。
 このチラ子ちゃん、かなりのお世話好きで、お母さんみたいに、毛繕いや排泄のお手伝いしては、相手の珍しい品種の子が、次々おうちが決まって出て行って、見送ってばかりなんです」
「へえ~、そうなんだ」
 わたしは、ペットショップの女の子の話に、わざとそっけない反応に終始するよう心がけた。
 なぜなら、ノルウエジャンフォレストキャットの耳の内側をきれいにしてあげているチンチラペルシャの顔が、ちっともつぶれ顔ではなく、大島弓子さんの「綿の国星」のヒロインチビ猫を、もいっかい猫に戻したら、こんななのでは、と思わせる顔だったから・・・。これは、やばいぞ。
「このつぶれてない顔って、あれでしょ、チンチラペルシャとしては、邪道ってことよね」
 意地悪く、わたしは言った。
 その瞬間、ガラス越しに、チンチラペルシャと視線が合った。なんと、ノルウエジャンフォレストキャット(ああ、長い名前、以下、北欧森猫)の耳のお手入れを終え、こちらを向いて、わたしを見ているではないか。

          続く
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# by chaiyachaiya | 2011-10-02 21:16 | | Trackback | Comments(0)

供述によるとペレイラは に、たどり着くまで 1

 わたしの眉は、人相学の本を見ると、良いことが記されていない、てんてん眉毛だ。
 右目の眉の下の皮膚には凹みがある。かたちは、取ってつけたような、山のかたち。でも、点点だから、普段は、目立たない。
 そのまま、眉ペンシルでなぞると、時代錯誤の、妙にドラマチックで滑稽な顔になるので、外に出る時は、がんばって眉のかたちを平らに引く。はみ出た山型の山頂は、無慈悲にカミソリでしゃりしゃりしたりする。
 しかし、うっかり、いきおいに乗って、本来の、左右対称ぷち富士の山の上を、素直になぞってしまう朝がある。いきおいづいているので、水墨画の富士ではなく、例えば、べったりポスターカラーによる太字ゴシック体の、冨士山。
 その結果、山というより、身構える大きな蜘蛛の前脚が張りついているように見える。
 前髪やメガネを、眉の上に重ね、額からタランチュラが飛び出さないように手なずけて、やっと外へ出る。

 テレビをつけたら、キアラ・マストロヤンニが父親のマルチェロについて、フランス後で語っている場面が映っていた。
 言語による、顔の筋肉の使い方の違いから生ずることなのか、話すたびに、額に幾重にも横皺が現れ、美しいなだらかな山型眉が、かなり上下する。
 父マルチェロも、私生活のスタイルを問われて、やっぱり、同じように顔全体の筋肉を使い、語っていた。横皺はより陰影深く、「女性にもてる、と言われてるけど、つくられたイメージに過ぎないよ」と言っている。
 キアラさん、ああ、マストロヤンニに似ているな、親子だものなあと、彼女の顔を見ていると、その顔の底から、誰か浮かんできた。・・・おうっ、カトリーヌ・ドヌーブ。ああ、ドヌーブ。ドヌーブに似てる似てるブロンドヘアの質感も、と見入っていると、いつのまにかマルチェロの表情が、動くレリーフみたいに現れる。わかりやすく、且つ不思議な顔だなあ、と感じる。
 ちなみに、異母姉のバルバラさんは、楚々としたミック・ジャガーみたいな顔つきで、キアラのような華はないけれど、いい顔だなあ、と思う。幾多の葛藤のあとに辿りついた、甘やかさはないけれど、揺るぎないものを得たひとの穏やかさを感じて、勝手に愛おしさを感じてしまう。
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# by chaiyachaiya | 2011-09-19 20:49 | 本棚 | Trackback | Comments(0)

あの列車に乗るためには 1

 あの列車に乗って、できれば、飛び乗って、・・・ということは、わたしは、男で、若者で、ベルボトムジーンズを履いていて、ベルトのおっきなバックルが、痩せたへなへなの腹にそれなりに食い込んでいて、肩にずた袋で、背中にギターケース(前の彼女の名前を記してた部分は、どうでもいいシールをはって隠してて)で、長髪ウルフカットで、・・・と、妄想が開始されます。
 70年代初頭に、わたしは、痩せて、手脚の長い、さすらいの若い男、でありたかった。理由は、わからないのですが。 
 
 そういえば、当時、実家の改装(リフォーム、とは言いませんでした)を頼んだ大工の息子さんが、長い手脚に、長髪、ベルボトムジーンズ、時には淡いピンクのサテン風のブラウスで、鉋がけを手伝ったりしていました。ひとりっこのわたしは、改装の間じゅう、帰りのホームルーム終了と同時に、ぴゅ~っと、短い脚を渦巻きにして、家へ急ぎました。
 ピンクのサテンの君は、朗らかで、子供でも大人でもない、若者特有の仕草所作振る舞いで、小学3年のわたしは、美しいの範疇に入る新しいモノ発見、のような喜びを感じて、うきうき過ごしていました。
 改装工事も終わり、半年ほど過ぎた頃、
「息子が、東京へ出て行って、行方がわからない」
 と、うちへ来た大工のお父さんが、今から想えば、ルオーの描いたキリストのような顔で、話していました。
 ピンクのサテンの君は、ピンクのサテンがもっと似合うと想われる場所で、生きたかったんだなあ、と子供心に想いました。
 穏やかに朗らかに、子供のわたしをあしらいながら、彼は、旅立ちの日のカウントダウンをしていたのです。裏切られたような気はしませんでした。どこかで、納得していました。
 多分、彼の旅は、彼の思うようなものにはならないだろうと、子供ながらに確信し、悲しくなったのを覚えています。
 
 ・・・ベルボトムに長髪、でも、ピンクのサテンではなく、インド綿かリネンのシャツで、70年代初めの空気のなかを、若者になったわたしは、あてのない旅に出たいのです。

 あの列車に乗って、できれば、グリーン車で、・・・既にベルボトムの若者状態ではありません。 でも、あまりの美人だと、いくら妄想でも、この場合、入っていけません。善意の誰かが、持てる技術を総動員させて描いてくれた、わたし、という画像を貼りつけてみます。
 ・・・気がつけば、秋の夕刻の薄闇、パリのとあるホテルの自室の窓から、小雨の通りを見ているわたし。外を散策がてら、観光客向けでないレストランで夕食をとろうか、このまましばらく、ホテルの窓のガラス越しに、路面が雨で濡れて、光る闇色に変わっていくさまを眺めていようか、迷っている。
 妄想のなかのわたしは、ホテルのフロントや、レストランのギャルソン連中に、馬鹿にされない程度のフランス語もこなせる。
 五回目のパリ、か、・・・。とつぶやく。

 そこに、ストラスブールにいる友人から、連絡が入る。
「あ、おかあさん、味噌かつおにんにくだけど、特設百円均一ワゴンにもあるし、298円で、添加物ちょっと少なくて、量が多いのもあるけど、どっちにすればいい? にんにくは、どっちも中国産だよ」
 近くのスーパーから、現実の声がする。

 ああ、旅に出たい。
 旅行、じゃなくて、旅、といわれるものへの憬れで、逆に胸が潰れてしまいそうだ。
 けれど、旅に出るためには、乗り越えなくてはならないことが、わたしには、あり過ぎて・・・
 
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# by chaiyachaiya | 2011-09-18 16:44 | 難儀なこと | Trackback | Comments(0)

鯉のぼりの夢を見る時

 いつも意識の水底に、鯉のぼりがたゆたっているからなのか、時には夢になかに、わかり易い暗示となって、鯉のぼりは出現しました。
 ある夜、こんな夢を見ました。
 まずは、手洗いから出たわたしの前に、学生服を着たリカちゃん人形が、古い木造借家の薄暗い廊下に立っていました。わたしの視界には、つるりとした白い和式便器の照り返しが残っていて、その後ろに、リカちゃんが、ちいちゃな足で、自力で立っているのです。
 力学的に不可能なことは、夢のなかのわたしにも、痛いほど伝わってきましたし、それはなにか、可愛いより、怖いが勝る光景でした。
 彼女は、自力で立っているとはいえ、人形の定めにより、表情は動かず、命の輝きを感じさせるものは一切見せてくれません。まるで、そうすることが、彼女のわたしへのメッセージであるかのようでした。
 そう感じた瞬間、わたしは、城の天守閣らしき場所にいました。気分は、なんだか高揚しています。そこにいるのは、わたしひとりではないのですが、人数も性別も、確認できない状態でした。なにしろ、尋常ではないこの状況を、どう把握すればいいのか、わからなかったのです。
 天守閣は、かなりの上空を、飛んでいるようでした。部屋の四方は、襖で閉じられています。そして、部屋・・・天守閣のまわりを、何かが取り巻いて飛んでいる気配が、どうしてもあります。ごうーごうー、という音が、巻いている気がしてなりません。
 襖と襖の僅かな間を、わたしは、勇気を持って覗き見ました。
 そして、見てしまいました。
 この世界の、多分あらゆる種類の鯉のぼりが、最新の輝くラメ仕様から、古い倉から甦った古式ゆかしいタイプまで、岡本太郎デザイン以外の総てが、天守閣のまわりを取り巻いて、ごうごう凄い速さで泳いでいます。無数の鯉のぼりに、包囲された事態なのです。
 なのに、ちっとも、恐怖を感じません。
 幼い頃から、五月の運動会や遠足では、通りの角を曲がれば、不意に出現するその影にすら怯えて、ひとり、けんけんぱー歩きにならざるを得なかったわたしが、大量の恐怖の対象を前に、平気で息をしています。
「ああ、わたしは、男の子を産むのだな。リカちゃんは、自らを命のない人形だと訴えていたし、・・・リカちゃんは、流産だった最初の子の象徴だろうか・・・」
 目覚めた私は、次の日の午後、長男を産んだのでした。

 つづく   
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# by chaiyachaiya | 2011-09-15 22:19 | 鯉のぼり | Trackback | Comments(0)


猫と日常と非日常
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