ふみちゃこ部屋



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切なき体育評価“2”同士の恋。

「放課後の予定は、委員会でいいんかい?」
なんとベタな親父ギャグだろうとお思いになった貴方、これは、とある地方都市において、小学校の中高学年が、ぷすぷす笑いながら、交わしてした“小学生ギャグ”なのである。昭和40年代後期の・・・。

ともあれ、一旦は、“委員会でいいんかい?”ネタを、ちこっと斜め横に置いておきまして、先ずは、私の小学生時代の、或る体育の時限、マット運動の段、を語りたく存じます。

「はい、男子の代表、Tくん。続けて、ふみちゃこさん」
小学一年の体育の時間でした。体育館の床に敷かれたマットの上で、先ずは、男子の模範演技、前転=前回り、を、Tくんが、演り終えました。
クラスじゅうの称賛のどよめき冷めやらぬまま、続けて私の前転実技となりました。
ああ。私には、自信があったのです。パーフェクトにも見える男子Tくんの演技がもたらした感動の余韻など、唐突に始まる、私のなめらかでアーティスティックな前回りの美しさの前には、空しゅう幻となるであろうと...。ふぉっふぉっふぉっ。だって、私は、女子の模範演技者なのだから。

私は、物凄いスピードで、前回りを、2回、こなしてみせました。世界は、私を、美しい海苔巻きにした、と感じました。
気がつくと、マットから大きく外れた、体育館の冷たい床に、横たわっていましたが、私は、恥じることはありませんでした。だって私は、マット アーティスト。 担任の先生だって、クラスの友達だって、私への芸術点は、高いはず・・・。

けれど、担任の先生は、こう言い放ったのです。
「はい。Tくんのは、模範の代表。ふみちゃこのは、ダメの見本」

おおお。そういうことだったのおおおおおお。

項垂れた私ですが、その後も、こと体育、運動、に関しては、ひたすら辛い目にばかりあって参りましたよ。
持久走、という意味が分からず、取り敢えず猛烈ダッシュして、
「なんや、いっつも速い連中も、いざとなると、こんなもんか。わしの圧勝じゃん」
と、勝ったも同然の台詞を頭のなかでうそぶいた挙句、途中で力尽き、言わずもがなのペースダウン。中休みじゅう、残りの周回をクリアするべく、校庭をよろよろ、泣きながら走り続け、全校の皆さんから笑いをいただいたり・・・。

勿論、年じゅう、学年が変わろうとも、体育の評価は、むはは、“2” でござりました。
昭和の人びとは、アヒル、とか、言ったものでございます。“2”のことを。

...そんな私にも、漏れなく、恋のよ〜なシーズンが、やってきていました。
ああ。
昼休みなど、廊下ですれ違いざま、「今日の放課後の予定は、委員会でいいんかい?」という台詞を、どちらからともなく掛け、微笑みあっていた、先輩がいたんです。
お互い、図書委員会だったようにも覚えています。

わ、わだすは、た、例えば、フレディ マーキュリーや、ボリウッドキング シャールク カーン 、古くはツタンカーメン、ダリウス1世(て、顔知りませんが、古代ペルシャのイメージで...)みたく、肌の色が濃ゆくて、エキゾチックな顔付きで、野生的で神秘的なフンイキの男の人が好きなのですが、どういうわけか、稀にこのへんてこふみちゃこを好いてくれる方は、色白のミヤビな方ばかり。

その、「委員会でいいんかい?」の君も、たいそう色白で、ママンの良い子系でございました。
そして、私は、件のいいんかい系の先輩の、体育の授業を、垣間見てしまったことがありました。
...おお。ああ。私が予想していた通り、かの君も、私に負けず劣らずの、運動音痴。
ドッジボールだったと思いますが...。
...取り逃がすボール。そこにいる人類の足並みを無視した、テンポの大いなるズレ具合は、あたかも私自身の男子バージョンを見せられたような、心苦しさでした。

ああ。そして、秋の始まりの或る日に催された「クラス対抗球技大会」のこと。
私は、ソフトボール、という球技に、割り当てられてしまっていました。
「わだっきゃ、でぎるわげね、だいが、たすけでけろ」
(わたしなんて、できるわけないわ、だれか、たすけてちょーだい)
悲痛なたましいの叫びとともに、バッターボックスに押し出された私の視界に、「いいんかい」の先輩が、すっくと、立ち現れたのでした。
しかも、これ迄見たことのない、野球帽被り状態です。
「指示に従うように」
「いいんかい」の先輩は、私の横で、静かに、自信に満ちた声で言い、私が、ボールを打つべき方向を、指し示すのでした。

でもお。でもお。
考えてみてくださいまし。
野球帽を被って来てくれた先輩も、私も、運動神経は、ほぼ、概ね、無きに等しい、のですから・・・。私なぞ、バットに、ボール、まず当てられませんし...。

結果は、いわゆる、火を見るよりも明らかでございました。

子供心に、なんだか、『男はつらいよ』だのう、って、思うたです。

そんな球技大会の気まずさから、
「今日の放課後の予定は委員会でいいんかい?」
と、戯れ言いあう勢いは、そがれ...。

やがて、先輩は、お父さんの仕事の都合で、遠くの街へと引っ越してしてゆきました。

その秋の終わりに、ソフトボールの試合が行われた校庭に、竜巻の子供のようなつむじ風が巻いて、茶色いカサカサの葉っぱを、踊らせているのを見た時、うっすらと切なくなったのを、今も覚えています。
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by chaiyachaiya | 2014-10-18 22:40 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(2)

ジュヒーのおつきあい

サララーテの盤のサウンドトラックのEPを、おお、誰かがゴミに出してしまったのは、いく数年も前の事でした。

YouTubeさん、ありがとやす。

聴かせてただいております。

清順はん。鈴木清順さん。

ありがとやす。

今宵、飼猫のジュヒーだけが、真白なお耳を佳い形にして、飼い主主催の鈴木清順はんフェスティバルに、つきあってくれています。

ありがとう。
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by chaiyachaiya | 2014-10-11 22:11 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

「壁 S ふみちゃこ氏の犯罪 」・・・。

安部公房の「カンガルーノート」は、著者の遺作だったのですが、毛穴から貝割れ大根が生える描写に、生理的にヤラレてしまい、(・・・私自身、半透明な自らの脛の表皮の底に、うっすらと黒い一筋が、外の世界を目指して半ば身を横たえているのを、見ていたので、次々に自分から生えてくる貝割れ大根、というのは、ヴィジュアル的に、容易に想像出来過ぎまして・・・)放り投げてしまいました。

中学1年の頃には、同著者の「壁 S カルマ氏の犯罪」に、どっぷりと浸かり、文庫本をバイブルのように、持ち歩いていたのですが・・・。
そのシュールな展開の奥にあるものの意味などちっとも理解出来ませんでしたが、サルバドール・ダリの「燃えるキリン」という絵を、画集で見た時と同じ気分に陥り、胸苦しいのに、深く安らいでいるような、妙な心の高揚すら覚えていたのでした。
それらは、思春期の取っ掛かりの微熱を伴うざわめきを、ちょうど良い冷たさでくるんでくれる、蒼の繭のように、何処か心地よかったのだと思います。

・・・ところで、壁といえば、まず、実家の御手洗いの廊下の壁の、不可思議なシミを思い出します。
実際に便器のある間にたどり着くまで、ドア→引戸→ドア と、3段階をクリアしなければならない、難儀な構造の雪隠でした。ぼおおん。ガラガラ。ぎいい〜ん。と、それぞれの段階でのサウンドも、個性が際立ち、おかげで、幼い頃、夜中にトイレに起きることは、カジュアルでフリー(無料)な、肝試し、のテイストに満ちていました。

なにより、怖かったのは、便器のある間の、ぎいい〜んドアの手前に見える、壁のシミでした。
不二家のポコちゃんを、昭和30年代少女漫画風に描き直したような、瞳くるりん睫毛メイベリンダイヤルマスカラMAXな、男の子の笑い顔が、浮き出て見えるのです。口元も、しっかりと口角を上向かせて、笑っています。
しかも、向かって左目は、配管で真っ直ぐに貫かれているため、無いのです。

・・・つまり、男の子の右目の方は、建築当初、ここに配管を抜こう、としていた場所、その下の、口角上がりの薄い唇も、「や、やっぱり、こっちに管を穿とうか、いや、やっぱり、違う」と、一旦は、目印をつけたり、配管の切り口を押し当ててみたりした形跡ならしいのです。
わかっています。

しかし、幼い彼の笑顔の、妙にいきいきとした表情に、その一個の瞳に射すくめられ続けるしか、私には術がありませんでした。
「ベロ出しチョンマ」を、読んだ後は、なおさら、その、笑いながら、片目を貫かれたように見える、ポコちゃん擬きの壁のシミが、怖くて怖くて、たまらなくなったのでした。

ところで、今住んでいる家のリフォームで、寝室の壁紙を張り替えた際、私は、取り返しのつかない選択をしていまいました。
成分にも幾分か和紙が混じっているという壁紙を、張ってしまったのです。
みずはなだ色と、鬱金色を、壁の面によって、張り分けたのです。
ボリウッド映画を見始めた頃でしたので、インド→インドカレー→ターメリック→鬱金 という発想で、鬱金色を用いたのです。結果、
「あれ、◯◯さん、何でこの壁とあの壁、張り残したの? 」
友人に言われちゃいました。
ああ。壁紙の鬱金色は、ともすれば、やや古い壁ボードの色のよう。
「や、いえね、インドでは、完璧なモノには間が宿る、と言いましてね。更紗なんかもね、わざと柄を抜いたりするんですよ。だから、ここは、用心して、2面も張り残したわけです」
と、私が、言い返すはずもありませんでした。

更に困ったことに、この和紙風の壁紙は、水拭きが出来ない性質のものでした。壁紙自体が、ぼろぼろに溶けてしまうのです。
その壁紙に、棚やロッカーの上から、正確には、その上でさっきまで寛いでいた猫の口の間から、たまった毛玉や、食べ過ぎたドライフード、飲み過ぎた水などが、時おり、噴射されます。
時間が経ってからの発見、というケースもあります。

今では、寝室の壁は、枯れた菖蒲か菖蒲の、巨大な押し花の影に、茶色く彩られているようです。

「壁紙 S ふみちゃこ氏の犯罪」
わしは、良かれと思って、和紙を張ってしまったんじゃい‼︎
す、すまんのう・・・。
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by chaiyachaiya | 2014-10-05 22:49 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(4)

貴方の口座を狙うクモシンキアヤメ団?について

「小学校入学したら、もう優秀なお子さんだと思いますよ、お母さん」
などと、子について、幼稚園の先生に言われ、やに下がっていた(昨今は、オバさんもやに下がってしまうのが、UP TO DATE にゃのである)私であった。
実際、小学校に入学直後、忘れ物を届けに教室に近づいた際、担任の先生も、同じような事を仰ってくれたので、ムフフ、我が意を得たり、塾や、通信教育、どれもやらないわ、子どもの資質は、学校教育だけで、伸びるものよ、ふぉ〜ふぉっふぉっ、と私はいい気になって、呑気に笑っていたのだった。

じゃが。
学校から宿題が出されるようになると、私の子は、遊びに出られなくなった。
算数の、7+6 や、15−8 のような基本的計算問題の宿題を、私の子は、克服出来ないのであった。
「あの算数の計算の宿題で、時間かかって、遊びに出られなくない?」
と、同じ学年のお母さんに、同意を求めるかたちで問い掛けたところ、そのお母さんが見せてくれたのは、印刷のごとく整然とした数字で記された解答と、所要時間3:04 という数字(計算に要した時間を書き込む欄があった)だった。
「・・・・・・・」
私は、打ちのめされ、無言を通すほか術がなかった。
私の子どもが、計算問題をやり果せるのに要する時間は、その10倍での足りなかったから。
「計算終わったら、ソフトクリーム食べに行こう!」
「映画見に行くか?」
話し掛けながら、子を見やれば、彼は、ぼう〜っと、虚ろに、空を見ているばかり。
土日を費やしても、仕上がらないのだった。

「公文に、行ってもらう」
遂に私は、くもん式、というシステムに頼ったのだった。
2年程、通わせたのだが・・・。
や、全く効果がない、と言い切るつもりはないのだが・・・先生も、優しく、多角的な見方をなさる方で、好きだったのだけれど・・・。
反射神経で暗算をこなせるようには、なれなかった。
くもん式を、去ることに決めたのだった。

それから数ヶ月後のある夕刻、記帳したての通帳を見た私は、「っえっ⁉︎」と声を上げ、子に言った。
「なんかの秘密結社から、振り込みされてる」
「ええっ」
「ほら、クモシンキアヤメダン」
「ほんとだ‼︎」

・・・通帳に印字するマシーン内のインクが、薄れていたことにも、勘違いの原因はあった、と主張したい。
・・・よおく、見て、もう一度考えてみた。
「お母さん、これ、くもん式菖蒲団地」
最初に、子が、気づいた。

良心的な“くもん式菖蒲団地”の先生が、払い戻しをしてくれていたのだった。
父の再入院で忙しく、くもんの先生に、きちんとご挨拶もせぬまま、10数年が過ぎてしまった。今も心が、チクチクしている。

・・・ところで、子が中学校へ進む際も、更に相変わらず、
「英語、別に、小学校から、塾行ったり、通信教育やらなくても」
と、この母は、ちっとも学べていなかった。

子の中学1年の期末テストの結果に慌てふためき、塾を探し始めた次第である。
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by chaiyachaiya | 2014-10-03 23:11 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(6)

ばびゅ〜ん‼︎とやって来る座敷童子ちゃんの謎。

5年前に焼失した、岩手は二戸の、座敷童子ちゃんの宿が、来秋には、再開されるらしいので、私はもう、嬉しくてたまりません‼︎

先月の28日、その宿の敷地内の亀麿神社にて、神事があるというので、家人と一緒に、行ってまいりました。

不思議な出来事は、その前日の夜に、起こりました。
夕食を終え、食卓で、本を読んでいた時です。

ばびゅ〜んっ‼︎

という、なんといいますか、引き金を引くと、先端に火花が見える仕組みの銃か、フルバックカー、いずれにしても、子どもの玩具の音が、椅子に腰掛けていた私の右か右後ろの辺りで、したんです。
思わず、そんな音源は、何処に? と、きょろきょろしていましたら、家人も、此方を見ています。

「聞こえた?」
「うん」
「ばびゅ〜ん、て」

その夜は、私は爆睡状態で、夜中に目覚める事はなかったのですが、家人の話しでは、灯りを消した寝室の天井じゅう、赤や黄色の、多色刷りキラキラに満ちていたそうです。

・・・や、ごめんなさい。
本当は、こういった不思議体験自慢みたいな事書くのって、如何なものか、と常々思っていたのですが・・・。
わ、わしのBlogって、違うべ、とも感じているのですが...。

・・・あの宿に泊まってから、毎夜、銀色や発光ダイオードブルーの熱をともなわないキラキラちゃんたちが、天井に瞬くのが見えるようになりました。光で出来た雲丹、みたいに見える物ものが、その日によって、胸の直ぐ上まで降りて来たり、激しく瞬いたり、ゆっくり星座をなぞるように移動したり・・・。

それ以外にも、驚くほどのヴァリエーションを持って、綺麗で可愛いショウを見せてくれています。
家人と私は、「あ、ほれ、ここ、ここ」と、同じ方向を指差すのですが、見えるものは、時に微妙に、ある夜は、かなり違っていたりです。

・・・でも、こういった体験は、家人と私に限った事ではなく、あの宿に泊まってから、不思議で心和む“時”を持ち続けている方は、かなりいらっしゃいます。
(更に奥ゆかしい方々は、胸に仕舞い、口にしないのかもなあ・・・)

ところで、今宵、今度は、テーブルの上で、ばびゅ〜ん音が鳴りました。勿論、そういった音の出る玩具や音響機器は、テーブルの上にも、部屋にも、ありません。

家人と私は、今回は直ぐに顔を見合わせました。前回と同じ、午後8時20分前ぐらいの出来事です。

音の感じは、同じばびゅ〜ん系でも、どちらかというと、ぶぶ(車)の玩具のそれに寄ってたようです。

・・・ああ、座敷童子ちゃんたちって、幼くしてみまかった、ちいちゃくて、愛おしい命・・・そんな可愛いちゃんたちが、心弾む、いい気を送ってくれているというのに、・・・わ、私なんか、ヘタレる事だけ年季入って、なんて、情けない生の時間を過ごしているんだろう。

座敷童子ちゃんたちにドン引きされないように、キリリと生きる努力しなくちゃ‼︎
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by chaiyachaiya | 2014-10-01 22:55 | 座敷童子さん | Trackback | Comments(2)


猫と日常と非日常
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