ふみちゃこ部屋



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ふみちゃこ偽内親王航海記

「乗ったことあるもん。乗ったもん。」
パッツン前髪の下から、大人たちを、キリリと見上げ、そう訴える子どもだったそうだ。
「◯◯子は、ゾウに、乗ったこと、あるもん。」
珍しく強い口調で言い放った、幼い私のアタマのなかでは、絵本かTVで見たゾウの映像と、自らが跨ったらしいそれとの違いは、どんなふうに処理 認識 されていたのだろうか。
私のゾウさんは、かなり小型で、背には蓋が付き、凹みがあった。白い牙の代わりに、つかまる棒が水平に伸びていた。・・・ということになろう。
言わずもがな、の、ゾウさんのオマルだった、という話なのだが、もう少し大きくなった私が、よその御宅で目にしたオマルは、アヒルなのかスワンなのか、白い鳥タイプばかりで、“ゾウのオマル”という物の姿は、全く浮かんでこないのだった。ゾウのオマルには、跨った記憶はないし、写真にも残されていないのだが・・・。

それでも、「◯◯子は、ゾウに、乗ったことあるもん。」
と言った瞬間の、高揚感めいたものは、あれからもう半世紀経たというのに、胸の底で、溶けないオブラートのような薄い皮膜となり、いまだ僅かながら発光している。

大きなゾウに乗り、未だ見ぬ土地、伝説の街、オアシスの果ての国に待つ、彩りに満ちた不可思議な冒険。
幼児の私が、そこまで空想の翼をひろげていたとは思えないのだが、“子ども”という者でなくなった或る日に、澁澤龍彦さんの「高岡親王航海記」を読み始めてすぐ、何故だか、「ゾウに乗った」発言をした瞬間の、幼い時分の感覚が、ブワッと蘇ってきたのだった。・・・遠くにある、ここにいては見ることのできない、美しく稀有なものもの、事象への、切ない、焦がれるような思い。

航海記、であり、海路で進み始めるのだが、大陸に上がってからも、高岡親王の旅は、とびきりの、西方幻想の結晶そのもので、私の心は、しっかりと、捕らえられたままだ。
・・・幼い高岡親王に、彼方への旅の萌芽を忍ばせてくれた “薬子” のような存在は、私にとって、絵本やTVの画像音声、ということなるのだろうか。味気ないが、それはそれでいいや。

以来、幼少時の記憶を、「高岡親王航海記」に倣い、「◯◯子偽内親王航海記」として、思い起こせば、遥か西方からの砂漠の風は、ジュクジュク病みがちな私の心を、さらさらと乾かし、過ぎ去った時間の隙間から、蘇ろうとする魑魅魍魎たちを、崩れゆくむなしい砂に変えてくれる気がしている。
そう。これは、物語。“後悔記” じゃなくて、「航海記」。

・・・透明ピンクの魔法使いサリーちゃんサンダルを履いていた頃は、ひとつ年上の従姉妹と、よく冒険に出掛けていた。町内の。
きちんとした排水溝の設置が後回しにされている通りの家の、取り敢えず排水が染み出てくる菅のまわりの地面を、食べ終えたアイスの棒で、少しだけ抉ると、地の毛細血管が、どこまでも赤く張り巡らされ、ウネウネ動いていた。糸ミミズではない証に、それらは皆、途切れることなく、繋がっていたのだ。
幼い◯◯子偽内親王としては、従姉妹の、同じく偽内親王と共有した、西方まで向かわずとも、足もとで発見した、排水は臭うし、美しい眺めではないが、“秘密の世界の理” だと信じ、長じてからも、『あれは一体なんだったのだろう』と訝しがりながら、生きてきたのだった。
3年前の夏、件の従姉妹に、私は、問うてみた。
「あの繋がってた糸ミミズみたいなの、不思議だったねえ。」
「え? 繋がってなかったけど。」
キョトンと淡々の交差する表情で、従姉妹の元偽内親王、現公立高校教頭が答えた。

自分の家の裏で、立て掛けられたトタンと木で細工した戸の上に、3センチほどの大きさの三葉虫が、何年も同じ場所にとまっていたのも、憶えているのだが・・・。
煮あげた甲殻類の朱色だけれど、カニじゃなかった。カニじゃなかったよ。
色褪せもしなくて、指先で甲羅に触れたら、こと切れてたけど、例えば、今で言うガチャポンで出てくるものの質感ではなかったし。当時、海洋堂さん、存在しないしね。
記憶を頼りに、ネットで調べてみても、カブトガニではなく、三葉虫のカタチだったんだけどな・・・。本当に、あれは、なんだったんだろう。

老いた◯◯子偽内親王は、現実の波の荒々しさに、海中に放られたり、砂漠に置き去りにされたりしながら、今再び、コテコテに飾りをつけたインドゾウに乗って、旅に出る夢を見たく思うのだった。
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by chaiyachaiya | 2014-07-18 16:32 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(7)

なにかをえる。なにかをうしなう。

なにかを える

って 凄い

その分だけ うしなうものに 気がつかずに

さしあたって 踊っていられる

なにかを うしなう

って 凄い

さりげない顔をつくり

かわりに得たものを 必死に探そうと もがく

いずれにせよ

私の 呼吸と眠りは 浅くなっていく

レム睡眠に身を委ねる時間が 増えていく
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by chaiyachaiya | 2014-07-18 14:19 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

鯉のぼりの次に怖いもの

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この頃の私にとって、鯉のぼりの次に怖い画像がこれです。
睡魔に襲われたら、この海老天画像を見て、ひいいっ、と覚醒したりです。
「よくもこんな姿にしてくれたな」と訴えられてるみたいで・・・。
自らシャッターを押してしまったとです。

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海老天海苔巻きのとこに添えられていた頭部です。

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天麩羅にされた鮎も何か言いたげに見えてきちゃった。

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以前訪ねた京都「ソワレ」の五色ゼリー(ソーダ)のフォトでお口直しでございます。
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by chaiyachaiya | 2014-07-15 23:11 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(7)

村田喜代子さんの「屋根屋」を読み終えて見た夢。

村田喜代子さんの「硫黄谷心中」は、図書館から借りる、読む、返却する、を幾たびも繰り返した果てに購入し、大切な愛蔵書となっている。
彼女の、新作単行本「屋根屋」を、昨日読み終えた。表表紙の、男女が街の上を飛ぶ絵を、わざとシャガール風に描いたものだと勝手に思っていたものは、れっきとした、マルク・シャガールの“Above the Toun”という作品だった。

村田喜代子さんの小説家としての力量に平伏し、眠りについた私は、朝方、こんな夢を見た。

巨大な空母の乗組員として、作業服を着て、颯爽と任務をこなす、現実よりも、グッと若い私が、司令官や同僚達の狭間で、動きまわっていた。
カーキ色のツナギ姿の私がまた、結構カッコいいのである。
けれど、渋くて筋肉に満ちた上官が、苦渋の表情で言うまでもなく、宇宙からの攻撃が、もうすぐ開始されることは、乗組員全員が、意識してもいて、ちょっとどう対処していいのか、実際、異次元空間からの未知の砲撃を受けたなら、自分らは、この船は、この星は、ひとたまりもないんじゃないか、という、暗黙の、未曾有のトラジティに対する諦観が、私達を支配していたと言っていい状況でもあった。

だというのに、こともあろうに、艦内では、クイーンのコンサートが、既に始まってる。

短髪で髭付きのマッチョなフレディ・マーキュリーが、スタンドマイクを振りかざし、ステージアクトを繰り広げてはいるのだけれど、そのフレディの容貌は、鴨川つばめさんの漫画「マカロニほうれん荘」のフレディ・マーキュリーを実体化したらこうであろう的なもので、何か、素人っぽく、戯画っぽく、質感がややブレているようで、そのコスチュームは、チョークの粉をはけた如くの桃色なのだった。タイツまでもが。

私の右前の観客席には、ちょっと肥え始めた頃の、クイーンのドラマー、ロジャー・テイラーがいて、ステージ上のフレディに、出来れば、もう舞台から降りるようにと、苦々しい表情で、合図を送っている。

それでも、オーディエンスは、そこそこ盛り上がり、ずぐそこに迫る危機など、誰も気に留めていないようなので、私の不安は、だんだんと高まっていった。

宇宙からの敵襲が、迫っているのだ。
ああ。
と、強く思った瞬間、天井から、何か降って来た。
胴体は龍、頭部は鶴、性別は、雌。そして、人間の女の影が、幽体のように、揺れながら重なっている、長い生命体。
美しいのか、禍々しいのか、多分、その両方なのだろう。
彼女の鶴の嘴が、私の胴体を咥え、挟んだまま、空母の天井近くまで浮上した。
艦内のひとびとは、驚き、一様にざわめきの声を上げたものの、「まあ、後は頼んだ」という顔つきで、こちらを見上げているだけ。

何が、後は頼んだ、なのか。
この長くうねる生命体と共に、宇宙からの侵略者に抗してくれ、ということなのか。

と、すぐに場面が変わり、この不思議な、美しく禍々しい生き物に抱えられたまま、もの凄いスピードで、海岸線の上空を渡っている私には、もはや、宇宙からの侵略など、何もかもが、どうだっていいことになっている。
その嘴や、羽根のようなものや、胴体から、私の身体は、幾度も、するすると滑り落ちたけれども、空中を落下することはなく、一緒に飛行を続けていた。
そのうちに、その、龍のような鶴のような、人科目の雌のような、そして、或る種、神ような彼女と私の魂は、通じあっていたように感じるのだった。

龍のような鶴のような彼女が、極北の街で、降下した。
予め、決めていたことらしい。
木造の、小さな窓が壁に連なる一軒家の浴室の、木製のバスタブに身を沈めると、彼女は、あたりまえのように、一気にするんするん、三つ子を産んだ。

龍に近い男の子。鶴に似ている男の子。ちょっとだけ、鶴の名残りのある、女の子。彼女が一番、人間らしさ、ヒューマンビーイングの幼児の愛らしさを持ち合わせている。メルヘンチックに、愛らしい。

あ。
その幼女に、愛しさを感じた瞬間。
私の身体は、ニンゲンの男の子のそれに、変化していた。

今しがた、三様な三つ子を産んだ、龍のような鶴のような、女神のようなその生き物は、自らの子らと、少年に変じた私を、慈愛に満ちた目で交互に見ながら、出産直後のその長い胴体を、ゆったりと、飴色の木肌の床に寛がせていた。
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by chaiyachaiya | 2014-07-09 19:02 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(4)

明智さんが一軒家を買った夢

明智さんという、年下の、性質も暮らしぶりも、きっちりした知人の女性が、一軒家を購入したというので、招かれたのかどうか、はっきりしないまま、私は、御祝いも手土産も持たず、訪ねていった。

明智さんの館のある国は、空気が恐ろしく乾いていて、地面も建物も、砂漠の色をしていたので、とても日本だとは思えなかった。チュニジアやモロッコなどの北西アフリカというより、スペインの地方都市の外れにあるように思える。
「スペインも含めて、マグレブ、と言った時期もあってねえ」
明智さんの家の、黄砂色の塀の前で、見知らぬ女の人の声がして振り向いたけれど、そこには、誰もいなかった。

振り返って見た通りは、岸田劉生が晩年に描いた坂道の絵に似ていて、少し気分が滅入ったが、気をとりなおし、塀の向こうに植えられている、緑の葉をつけた木々に、私は、オレンジの橙色を探すことにした。
まるいオレンジの実を確認すれば、ここが、取り敢えずはスペインだと納得出来、そうなれば、なんだか安心な気がしたのだ。

明智さんの家は、中古物件だったらしく、大きいけれど、深いスタッコ仕上げの陰影に、経年の汚れが目立つ。箱を幾つか組み置いたような形をしている。単純なようでいて、全容がつかみにくい。
その屋上の砂灰色の空間には、既にデッキチェアやテーブルが配置されていた。緑色で生地のしっかりした、大きなパラソルまで開いている。この家の前の持ち主が置いていったのだろう。いや、一軒家を購入、ということで、普段は堅実な明智さんが買い揃えた、ということもありうる。
そして私は、玄関ではなく、屋上の大きなパラソルの下を通過して、今、何故だか浴室にいる。

その直前に、明智さんの着替えや、外套、バッグまでが、脱衣所のフックに掛けられているのを目にし、「流石、きちんとした性質のひとだ」と、感心し、その瞬間は、長身の明智さんも、そこで着替えをしていたと思ったのだが、彼女はなんだか、ゼザンヌの描く山のような色彩とタッチになっていて、会話が出来なかった。

明智さんの浴室の足元も、印象派の画家の手による山じみた彩りだと見ていたら、それは、温泉をひいた、昭和のビジネス旅館の風呂場を想わせるタイル張りだと気づいた。緑と、薄緑と、ベージュの四角や楕円で、よく分からない柄になっている。
深く、お湯に満たされた浴槽にも、同じようなタイルが貼られていた。体育休めの態勢で膝を抱えたら、十人は浸かれる広さだ。

ふと、鈍い銀色のカランを捻る、大小の老班だらけの手の甲が、視界に入った。
「あ、内山田さん、お久しぶりです」
手の主は、郵便局員だった内山田さんだ。
故郷で、最後に見た時、内山田さんは、原付バイクで砂利道を、よろりよろり走っていた。
あれ、内山田さんだけじゃないや。
故郷の、既にもう、鬼籍に入った方々が、着衣のまま、昔の銭湯でするようなことをしている。お爺さんもお婆さんも、ワイワイ、背中を流しあったりしているのだ。
「ああ、内山田さんも、此の世にはいないんだな。私の夢って、色々暗示するからな」
夢のなかの私は、そう小さく呟く。
いつのまにか、5歳ぐらいだろうか、男の子が、件の老人達に挟まれて、ぽつんと、立っているのだった。内山田老人のお孫さんのように思えるその男の子は、裸で途方にくれている様子だったが、私は、どうしていいものか、わからない。
内山田さんも、ヤタロウさんも、ヤスヨさんも、ウメノさんも、私がいる場所を、やんわりとかわしているようで、反応はあるかないかなのだ。
私の方が、本当は、もう、存在しない側だという気がしてくる。

それでも、希望は失わずにいられた。

夜になると、すぐ裏手にある、和の香りの濃い、ちょっと豪華な温泉旅館で、夕食会があるのだ。
誰に教えられたでもなく、私には、わかっていた。
その証拠に、このスペインのような中古一軒家の周りの空気が、キリ、と引き締まり、空は既に、インディゴブルーを飛び越して、質の佳い留袖の生地のように、艶やかに黒いではないか。そこに、三日月を見ても、もはや、マグレブだとか、アラビヤだとかは、私は思わないのだ。

精進ではない、鮮やかな海の幸山の幸が、幾品も佳く盛られた和の膳の、故郷の町内会の参加者の分の連なりが、私には見える。今回は、旅館選びから、料理のコースまで、かなりはりこんだらしい。
珍しいことに、私の両親が、一緒に来ている。
まだその姿は見えないけれど、きっと今頃は、温泉から戻り、宴席に向かっている。
わかるよ。親子だもの。
私も、隣に座るんだっと。

その宴席に行くには、竹で編んだ格子戸のようなものを潜らねばならないのだが・・・。

父母のいる宴席からの、和やかな楽しげながやがや音が響いてくる頃、私は、しっかりと悟るのだった。
その格子戸は、私には、開かれることはない。

また取り残された。そう思いながら、私は再び三日月を見上げた。
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by chaiyachaiya | 2014-07-06 14:11 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(4)


猫と日常と非日常
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