ふみちゃこ部屋



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視界に飛び込んできた鯉のぼりと無慈悲に明るいお迎えサウンド

「かぐや姫の物語」の上映前の予告編は、エログロバイオレンス薫る(?)映画のそれではなかったので、心からほっとして、和んで見ていたのですが、油断は禁物でした。
新作ドラえもんムービーの予告編に、鯉のぼりに跨がって、のび太くん達が川下りをするシーンが、あったのです。
「ゔあえっ」
思わず、意味不明な叫び声をあげてしまった私です。
アニメの鯉のぼりは、実写よりも、“あな恐ろしレヴェル”が、幾分は低いのですが、予想だにせぬ不意打ちでしたので、結構狼狽えてしまいました。

「かぐや姫」 は、父か母かの、仕事上の旅の土産として、幼稚園のもも組(年少さん)の頃、与えられた一冊でした。
幼児が齧ろうと、ぞんざいに扱おうと、ビクともしない、圧縮した段ボールのような厚紙に、ツルツルのコーティングを施した表面の、頑丈な絵本は、多分、小学館発行。

表紙のかぐや姫と、物語中の頁のかぐや姫の画は、時には、作者が違っていたり、同じ画家の手によるものでも、筆致が異なっていたりしていた、当時の物語絵本。

表紙の、いわゆる点々(殿上)眉のかぐや姫は、全体は柔らかく、しかし、何かを強く訴えているような瞳をしていたのですが、何より、鮮烈に記憶に残っているのは、大伴大納言が荒れ狂う海原で、波と龍に襲われてる画。石上中納言が、燕の巣の高みから、空中を落下しはじめた瞬間の、恐怖に満ちた顔の表情、強張った四肢。眩暈を覚えました。
そういう意味で、幼い私にとって、厳しくも、印象深い絵本だったのですが・・・。
終盤の、月よりのお迎えの使者が遂にやって来た、その場面が、どんな風に描かれていたか、記憶が朧げなのでした。
この世ならぬものの描写は、本来であれば、最もときめいて記憶にも刻まれるものだと思う(少なくとも幼児の私には)のですが・・・。

その「かぐや姫」の絵本は、何処へ行ったんでしょう。
ああ、この身から、離さずにおけば良かった。

高畑勲監督の「かぐや姫の物語」を見たかったのは、失くした絵本への“トリビュート” 且つ、記憶のあやふやな物語のクライマックスを “取り返す” という気持ちからでもありました。

・・・驚いたのは、月世界からのお迎えのシーンの、その音楽。
平安仏のようなお迎えリーダーと、平等院鳳凰堂の壁を彩る天女達に琵琶を預けた姿の如くな、音曲隊が奏でるのは、無慈悲にお気楽な、お迎えに来たよミュージック。
地上では、竹取の翁嫗が、かぐや姫との、彼らにとって理不尽窮まりない、別れの瞬間に向け、魂の恐慌状態になっているというのに・・・。

あまりにも、無慈悲に明るい、お迎えサウンド。

でも、もしかしたら、実際、月の世界・・・或る意味、天上世界、・・・別名、彼の世、って、もう、こんな様子なのかな。

痛みも、怒りも、哀れを感じる心も、すっかり、つるり、無くって。

「天使に憧れてる方もいると思いますが、実は、天使達は、実際の肉体を持った人間を羨ましく感じ、逆に憧れたりしているのです」
などという一節を、スピリチュアル系の本で読んだ時は、『テキトーな事をおっしゃって』と思ったのですが、「かぐや姫の物語」の映画を見た今、何処か「んだかもしれない」などと、感じています。

ちなみに、この映画の、月世界からのお迎えサウンドの響きは、やんわりとした、人生のエンディングテーマを想わせたりだな、と感じ、
「あのさ、あてくしのお葬式にて、この映画の、月よりのお迎えシーンの曲、かけてちょね。◯◯子は、泣いたり喚いたり笑ったり、阿呆の極みだったりしましたが、ほれ、こうしてお気楽に、彼の世へ行くんでやんす、てえ感じで、いいよね」
と要請したところ、
「や、彼の世は、こっちが先だと思うから、却下ですな」
と、返されちゃいました。

ああ。
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by chaiyachaiya | 2013-11-29 23:24 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(4)

インドのストーカー映画とメアリー・オースティンさんな気分になっていたあの日

「◯◯さん、もの凄い怖い顔して、総合病院の方から、車で出て来てましたよね」
父が鬼籍に入る前の年のある日、近所の方から、言われたのだった。
確かに、そうだったと、思う。

再発してしまった癌の細胞と一緒に、入院病棟に横たわる父に向かい、
「早く、退院して、アニタ・ベーカーとか、ケニー・ロジャース、大音量で聞こう」
などと、実現不可能なコト並べて言い(主治医からは、よくもって半年、と言われていた)、昼御飯の箸を洗い、父に、また明日来るから、と笑顔で言ってみせた後、絶望的な気持ちで、総合病院の駐車場まで降り、自らの車のハンドルを握ったとたん、私は、“DARR”という、今ではボリウッドキングと成り果てた(?)シャールク・カーンが、スターダムを必死に登り詰めようとしていた時点で、終いにはヒーローに射殺される、ヒロインを執拗に追い詰めるストーカー役を演じた映画の、まさに、ストーカー魂炸裂なナンバーをガンガン鳴らし、自宅まで現実逃避して、何とか、耐えていたのだった。

今、この時、ストーカー被害にあっているかもしれぬ方には、本当に、申し訳が立たないのだが、父が、ああ、死んでしまう、死んでいく、それは、誰にも、止められない、となった時、私は、只ひたすら、顔中の表情筋を総動員して、インド映画のヒーローヒロインヒールになって、逃げる事しか出来なかった。

・・・日々、見る度、骨格が顕になっていく、私の父さんの胴体、腕、脚、頤。

子らのお弁当作りも、小学校や幼稚園の行事も、ニッコリ、こなさなくてはならない。
そんなあたりまえの日常を前に、弱い私は、インド映画の、どんつくどんつくな世界に、逃げる事しか、出来なかった。

音楽を頼みに、現実とは違う物語の世界に、魂を飛ばして、日々を遣り過していた。

・・・そして、それは、私の、生きてく上での、なにやら滑稽な習い性に、なってしまったのだ。

例えば、deep forest の「BOHEME」というアルバムの、十曲目、CAFF EUROPAという曲を聞くと、何故だか、フレディ・マーキュリーの恋人だった(女性)、メアリー・オースティンさんが、思い浮かんでしまう。
その関係の中で、恋人のフレディ・マーキュリーが、自らの手に負えぬ同性愛者だと認めざるを得ない状況となり、辛い時期へ移行しつつある、ある夜の風景。
・・・その映像は、時々、インディゴブルー 一色に変じる。ややいかがわしく、哀しみに満ち、彼女のまわりの空気は、冴え冴えとしている。
ミュンヘンのゲイクラブで、それはもう大騒ぎさ、の、フレディの映像に続くのは、ブルネットのボブヘアの、メアリーさんが、ひとり、夜の街を彷徨うショット。

夢想のなか、私は、全てを司る、映画監督なのだ。

が、・・・

「この、10局目のこれの最初のヴォーカル、ほら、此処ここ、“あららんら、よくあったよくあったよくあった”、て聞こえるの、例えば、お爺さんが、棚に隠してたお饅頭、見つかって、よくあった、良かった”て、言ってる風に聞こえるよね」
家人は、嬉しそうに、言った。

ああ。おわた。終わってしまった。

フレディ・マーキュリーの、同性愛嗜好の前に、絶望感にくるまれて、ミュンヘンの歓楽街を、孤独に歩むメアリー・オースティンさんの映像(実際は、フレディがミュンヘンに移り住んだ頃には、彼女との関係は、“恋人”から“親友” に変化していたらしい)が、いきなり、ブチっと、消えてしまった。

一旦刷り込みされてしまうと、お爺さんが、自ら隠したお饅頭の隠し場所を、いや、隠したこともうっかり失念し、不意に棚のどこかに発見して、あららんら、良かった、て喜び踊ってる曲にしか、もはや、聞こえはしないのだ。

スタイリッシュで、かつ目眩くヨーロッパの夜の愛の迷宮世界から、この国の午後2時50分過ぎあたりに、引き戻されたまま、私は、この曲で、二度と妄想のメガホンを握れなくなってしまった。

甚だ悔しいのだった。
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by chaiyachaiya | 2013-11-22 23:22 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(7)

病めるジュヒの回復を祈るのだったの日々

ここのところ、飼猫のジュヒの体調がおもわしくなく、獣医院に通っていた(ひどいアトピー体質かもしれない、との診断で、症状に対応した注射をしてもらっていたのだった)のだが、数日前の或る夜などは、寝室の灯りを消した闇のなか、彼女は、やけに興奮して、ベッドにジャンプして来ては、家人と私の間を、踏み踏みしながら、行ったり来たりしていた。
何だか、私の頬に、極く細かな飛沫が付着する感覚に、ベッドサイドのランプをつけてみると、なんと、お口から、でろり、血糊を垂らしたジュヒが、キョトン顏で、家人と私の間に、四つ脚で佇んでいたのだった。
私の頬は、赤い雀斑散らし状態らしく、思わず顔を拭いたティッシュは、草間弥生さん擬きの赤い粒つぶアートの様。家人と私の掛け布団は、くどいんですが、やっぱり、草間弥生さんと京都西川さんが、コラボったんですねのような、白地に赤い大小の丸いドットが、どっとぶちまけられた図柄みたいな・・・。不規則性と掠れの効果により、それはまた、深い趣を呈していた気がしたのだったが・・・。

「ジュッちゃん。どうしちゃったの⁈」
明くる日、ジュヒの白い毛並みは、口腔や舌先からの血糊由来のオレンジ色に変じ、身体からは、鉄分の勝る血の臭いがしていた。
好物の削り節にも、スポーツミルクにも、お水にも顔を背け、ただ、香箱座りをして、じっと目を閉じている。

「ジュヒが、死んでしまう」
のだと、思った。(小動物は、瞬く間に容体が悪化して、逝ってしまう、と、ご近所の誰かが言っていたし・・・。)

居間で、ヒィディーフィルムソングなんか、もう、鳴らさなかった。
静かに、ジュヒに寄り添った。

天使みたいな猫の女の子だった。
と、過去形で、ジュヒを、想って、涙を零した。

ああ、だけど、次の日の夕刻の事だった。
唐突に、ジュヒが、キッチンの、削り節用のお盆のコーナーへ向かって、爆走したのだった。
「ジュッちゃん、削り節、食べれるの?」
瞳キラリンで、ジュヒが、私を見上げていた。

削り節を平らげた後、ジュヒは、リビングを、あたかも、“ジンガロ”の馬のパフォーマンスみたいな足取りで、行ったり来たり、してみせた。
「おか〜さん、わたし、ほら、元気になったよ、大丈夫だよ、見て」
ジュヒは、全身で、伝えてくれたんだと思う。

「ジュッちゃん、ありがとう」
そう言って、ソファの背凭れに香箱座りしているジュヒに顔を近づけると、私の額に、ゴン、と自分の額をくっつけ、一分間ほど、そのままでいてくれた。
や、私が離さなければ、まだおでこピタンコしていたのだろう。

・・・もしかしたら、猫、という小動物の命本来とは、何の関係もない、与り知らぬ物語りを、ニンゲンの私が、勝手に紡いで、喜んでるだけのハナシかもしれないのだが・・・。

“猫の額ほどの庭” とは、極めて狭い土地の例えに使われるけれど、猫の額が、人間にくれる幸せの王国領土の庭園は、広大で、甘美なかおりの花ばなで溢れているから、どのみち、抗えないのであった。
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by chaiyachaiya | 2013-11-17 23:12 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(2)

シャドウトンボと白ヒョウ柄の初冬

ちょっとした連絡事項があり、フランス語を独学で学んでいる友人に、
「ぼ、ぼんじゅ〜る。ぎょ〜む連絡です」
ギョームさん、というフランス人男性もいるし、とふざけてみる。
「ギ オ ム、でしょっ」
いつもなら、突っぱねることが慣らいの友人なのだったが、昨日などは、いきなり、
「ギャハハハハ、ぎゃはぎゃは」
と、きたのである。
受話器の向こう側のテンションは、かなりのものだ。私の老嬢ギャグ(?)に、今更反応するはずもあるまいし、はて。
「どしたの?」
「いや〜っ、降っちゃったねえ。遂に来たね、いきなり」
そうなのだ。朝、寝室から見上げる天窓には、白いヒョウ柄状態で、斑に雪が乗っかっていた。
「タイヤ、交換した? 私、まだ」
「うちもまだ」
「あはは、車、出せないねえ」
「ははは、取り敢えず引き籠るっきゃ、ないねえ」
やっぱり漏れなくやって来た、冬、という事態・・・。トンネルを抜けなくても、瞬きに毛が生えたみたいな、ちょっとしたうたた寝してただけで、窓から見える眺めが、概ね“雪の白”で占められてしまう、ちゃむい日々スタートの告知に、もう春まで逃げられないんだぜ、お日様も遠くなって、そんな日続くと、冬鬱くんに抱き締められちゃって、でもぼうッとしてたら、除雪車来たのわかんなくなるから、シャキッとしてねえばな、というお互いの心の叫びを、ギャハハハの向こうに、受話器を通して聞いたと思った。

今年の雪の降る前日は、やたらといいお天気で、11月も中旬だというのに、居間のレースのカーテンに、大きめなトンボが、舞い飛ぶ影を見たのだった。
・・・や、そういえば、ちょっと不思議なのだけれど、毎年のように、初雪の前日か、幾日か前に、寒い日の合間の、冬の季節への移ろいなど嘘のような、ほわっと温い日に、庭で、その年最後のトンボを目にしてきた。
塀の上や玄関先、私の車のボンネットなどで、羽根を休めている彼らは、
“や、あっしは、もうダメですぜ、ダンナ。んまあ、頑張ってギリギリまで飛びまくって、子孫も残しやしたから、心残りなんざねえんでございますがね。もうちっとは、御天道様にいだかれて、こうしていてえんで”
て、きっと、残された命の限り、言っている。(はずである?)

今年は、シルエットでさよならの名残りを見せてくれたとは、新しい手法だった。トンボさん、ありがとう。

・・・て、我ながら、なんて、人間の都合に寄った解釈、もの言いだろう。

・・・あれ、なんだか、気持ちが、下がってきたような・・・。

天窓の白ヒョウ柄も、もうすぐ、白無地、ホワイトアウトお〜っ、になってしまうんだろうな。
ううう。
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by chaiyachaiya | 2013-11-13 15:08 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(4)

京都で耳に聞こえた優しい声と言葉

私が持っていた、ヴィルヘルム・フルトベングラー著の「音と言葉」は、何処へいったんだろう。誰かに貸した覚えもないし、ブックオフへ持っていったわけでもないのに・・・。
お家の何処を捜しても、にゃい。
実家をとり壊す際、博多人形や、姫達磨カップルや、大黒天の貯金箱とともに、ゴミ裁断車に引き裂かれたのではあるまいな。
あの頃の記憶は、私なりの、個体保存本能によるものなのか、はっきりしていない。
朧げな部分と、やたら稜線がクッキリした処が、斑を成している。

・・・京都。
・・・観光で行ったなら天国、でも、住んだら、他県出身者が、住んだなら、地獄。
と、言う方もいる。
実際、四条河原町で、偶然、同郷の女の子と話す機会があったのだが、
「私は、この京都に、これから何十年住もうと、お客さんで終わると思います。ここの人びとは、言ってることと、本当のところが、違い過ぎて、自分はもう、対処出来ない」
そう、言っておられた。

私はといえば、観光客だったから、そんな辛い目に遭わずに、嬉しいこと尽くしで、今年の六月、京都での数日間を過ごしたのだった。

市立美術館でリヒテンシュタイン展を見た後、徒歩で知恩院を目指していた私は、余程、お上りさんモード全開の、ドキドキ不安気な表情をして、歩いていたらしい。
・・・や、心許無い顔つきをしながら、そう、MAX怯えた顔のまま、『でも、とりあえず車来ねえし、むはは』と、横断歩道を渡っていたのである。信号は、紛れもなく、赤、であった。
「信号無視やっ」
まさに今、渡り切ろう、というところで、とある高齢の男性が、私に向かい、声を上げた。
ヒィっ、と、たじろいだ私は、
「すみませんっ」
概ねもうパニック状態で、ピルプル固まってしまった。
「や、いいんや、いいんや」
薄墨ピンクのジャケットを羽織った老人は、ニヤっと、此方を見た。
「あの、知恩院行くには、どうしたら・・・」
その笑顔にホッとして、思わず尋ねた私に、彼は、気持ち良く教えてくれた。
「おお、ああ、あのな、まず、ここ、真〜直ぐ行ってな、でも、そっちはな、そこは、渡らんでな、其処はな、渡らんでな、や、そこはな、渡らんでな」
“そこは渡らんでな”の強調が、三度目を迎えた頃、
「お父さん、ひつこい、もう、ええから。もう、いいから。ごめんなさいね」
奥さんと娘さんと思われる二人の女性が、可笑しそうに、私に言うのだった。
「いえ、いえ、ありがとうございます」
私も、くしゃっと笑顔になった。
二人とも品があり、素敵だったな。

そして、六月の、私の京都の旅の最後の夜。
宿泊したホテルの、仏料理のレストランで、私は、夜ご飯をいただいた。
余分な装飾を排した、シンプルな、白い色が支配するそのレストランは、柱が、やたら太かった。多分、お互い、覗いたり覗かれたり、ということが極力なきように、設計レイアウトされているのだろう。

気が弱いくせに、一人で何処でも行ってしまう私は、そのレストランで、やはりひとり、飛び切りケミカルなコース料理に、向き合っていた。
・・・写真、撮れば良かった。
田舎モノな私は、いちいちパシパシシャッター切るのは、如何なものか、と萎縮し、自粛してしまったのだ。

不思議なお皿が続いていた。
加熱した玉葱にまぶされた、真っ黒な、微粒子。それが、ソース。焦がした玉葱とお砂糖のソース。だという。
それから、上段は緩く、下段はまったりと、泡立てられた、二層のトマトのムース。美味しいの? でもないの? もう、私の舌には、よくわからない。

そして、不思議がっていた私の耳に、唐突に闖入してきた、声、音。マシーンの言葉。
「そろそろ、赤ワイン、貰わんで、ええんか?」

喉頭癌で、声帯にも、影響を及ぼさざるを得ない手術を経験した後の、独特な機械音が、レストランに響いた。

その“声”の主である、背広姿の老人は、一族郎党をひき連れて来ていたんだと思う。
様々な年代の方たちが、十数人、そして、オールドローズ色のスーツを着て、彼の隣りに座っているのは、奥方らしい。

・・・いいな。

これまでの声帯を失ったとはいえ、この世の此方側で、一族郎党を従えて、赤ワインはええんか?と訊ける立場、状態の、そのお爺ちゃん。

私の父にも、そのお爺ちゃんに似た気分と、赤ワイン、味あわせてあげたかったな。
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by chaiyachaiya | 2013-11-03 20:04 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(4)


猫と日常と非日常
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