ふみちゃこ部屋



<   2013年 10月 ( 7 )   > この月の画像一覧


概ね35年前の透明ヒョウ柄事象についての覚え書き

「数学は物理の婢」
という言葉を、何処かで聞き及んだ私は、
「そげな“はしため”な数学なんちゅう学問、ようやらんわっ」
と、苦手な数学、いや、それ以前の、算数、算術、からきし、パ〜のまま、今日に至っている。
子らは、揃って、理数系の方向に進んだのだが、成績が揮わない(抑えた表現をしております)と、
「ああ、ああ、あてくしの遺伝子、苦手なモノはちっとも頑張らない、頑張れない、が、子らに、子らに、あああ〜っ」
て、のたうちまわったりしている。
父は生前言っていた。
「文系できるってのは、感性と暗記力ってわけで、でも本当にアタマいいという状態は、数学ピンピンとくる事をいうのだから、諦めよう」

と、いうわけで、諦めた(?)私は、高校一年の数学の時間、ジンセイを諦めて、近隣の席の人びとと、楽しく談笑して過ごしていたのである。

ああ、どんな冗談を、誰が言ったんだか、ちっとも思い出せないけれど、私は、とにかく、大笑いして、後ろの席の同級生男子の机に、バシって、顔面ごと、突っ伏したんだった。

そして、頭を起こした時、笑えない状況になってるのが、見てとれた。

実は私は、数学出来なし子、の他に、母が望むカタチの五体満足ではないは、身長高く座高も高めだわ、の他に、人智を越えた脂性、という特性を備えた女子高校生じゃったのである。

父譲りの顔面“天麩羅屋の廊下”体質だった私の鼻先は、夕刻には、肌色の金属の如くに照り輝き、まわりの世界を映し出していた。
「火事になったら、顔に引火せぬよう、とっとと逃げおうせるように」と、目上の方より注意を賜わったりした。
大量に毛穴から放出される脂により、枕カバーから何から、3日でオヤジ臭がしてきていた。

な、私が、顔面をベタリくっつけちゃった、後ろの席の同級生男子の数学の教科書とノートに、何が起こってしまったかは、想像にかたくない。

ううう。彼の、開かれた数学の教科書とノートのページには、ああ、私の、顔面の毛穴のポルカドットが、大量に、プリントされてしまったのである。
まっこと、まるで、透明なヒョウ柄だったのだ。

今も、思い出す。
私の後ろのY君は、本当に、人柄のいいひとだった。
教科書とノートに穿たれてしまった、私の透明ヒョウ柄毛穴プリントを、目にしたその時は、「ひぃっ」という表情をしたけれど、一瞬の後、何事もなかったように、穏やかな笑顔を、私に向けてくれていた。
それきり、ネタにしてからかう、なんてこともしなかった。

ああ。今でも、とっても、有り難く思う。
[PR]
by chaiyachaiya | 2013-10-30 17:40 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(4)

子どもの祭りと8枚羽根トンボの秋

「今朝、不思議な夢見た。窓のすぐ外に、羽根が8枚あるトンボが、大小二匹づつ飛んでる、というか、空中で止まってた。大きい方は、大人の掌ぐらいもあって、紫にキラキラしてた。へえ、こんな羽根の数のトンボもあったんだ、って、子供たちと図鑑調べなきゃ、って言ったところで、目が覚めた」

夢で見たという、8枚羽根巨大トンボの紫の輝きが、瞳の虹彩に、その名残りを宿したようなキラキラぶりの表情で、家人が言いました。けれど、
「は、はあ、あ、そう」
子どもの通う小学校の秋の祭りを明日に控え、午前中から準備のお手伝いに向かわねばならない私の反応は、あるかないかにとどまりました。

その年の初秋は、それまで幾十年も、危うい薄い被膜のようなもので、何とか隠されて来ていた或る問題が、恐ろしいカタチで表面に、ブワリ、浮き上がり、そしてそれは、まだまだ氷山の一角でしかないんだと、なす術もなく、思い知らされる日々を送っていたんです。(抽象的な言い表わし方で、ごめんなさい)

私がその秋、眠りの中で見ていた映像や、体験していた出来事は、カタルシスに向かっての、くらい暗示であり、恐ろしい絵柄による、けれど何処かほっとする、不可思議な謎解きパズルであり、自分のこころの核の意外な強さの兆しだったり、していました。あれやこれやのナイトメアに、魘されるは、時には癒やされるは、な奇妙な季節を生きていました。
起きていても、眠りの中でも、空気が、ごく緩いゼリーになって、水気と僅かな抵抗をともなって、私をくるんでいるように感じていたんです。

「え、と、うどんコーナーの教室の飾り付け、お願いしま〜す」
うどんコーナーのリーダーさんが、明るい声で言いました。
土曜日の真昼に、家族を置いて家を出、校舎に集まったお母さんたちの顔は、参観日に見る表情とは違い、何処か解放されているように感じます。
「ほ〜い」
私にも、救いの時間となりました。
皆、一様に、柔らかい笑顔で、一定の朗らかさを保ち、こうして、机を重ねて台として、支え合い、教室の天井に、紙テープを張り巡らせたり、色紙リングをぶら下げたり、切り抜き金銀星を壁に貼り付けたりしているけれど、私だけじゃない、きっと、どのお母さんも、程度の差こそあれ、懸念事項ずっしり満載ですよ状態かもしれないんだ。
などと、ひとりよがりに想い、勝手に癒されていました。

そして、黒板に、様々な色のチョークで、デッカく、『うどんコーナー』『めちゃめちゃ美味しいよ‼』などと、書いていた時です。
「これさ、昨日作ったんだけど、仕上げに、何処かに飾ってください」
リーダーさんの、手にあるものを見た私は、「ひぃッ」と「ぎゃあっ」を、むしろ息を吸い込みながら、同時に発してしまった心地になりました。

それは、色画用紙や煌めくモールで作られた、トンボ、だったんです。
大小、二個づつ、幾つかセットで、そう、大きいトンボの胴体は、紫のキラキラで、巻かれていました。(子トンボのほうは、緑キラキラ)
羽根の縁取りが、羽根本体とずれているために、まさに、大小それぞれのトンボは、8枚の羽根を付けているように見えます。

「これ、このトンボ、窓に貼ってもいい?」
ひとり興奮して、私は言いました。
「あのね、今朝、オットくんが、8枚羽根の親子トンボの夢見て、んで、窓のところにいた、って言うから」
「え〜、そうなんだ、いいよいいよ、貼ろ貼ろ」

家に帰ってから、子らに、おとーさんの夢がめちゃ当たった、予知夢、おとーさんも見たよ、と、激しく伝えましたところ、
「へー」「はあ」
という緩い反応が返って来るばかりでしたが・・・。

多分、家人の無意識の層にも、じわり、これから起こることについての、非常事態宣言がなされ、ちょっと、夢の領域に、不思議に作用してしまったのだろう、というのは、家人と私の共通の感じ方でした。

同じ年の晩秋、私は、もう一度、8枚羽根のトンボを見ています。
11月になってから、家の塀の上に、西陽に最期の温もりを求めたのか、色の失せかけた、かさかさのアキアカネが、羽根を休めていました。
ところどころ、それぞれ小さく切れ裂けた4枚の羽根は、強い西陽を受け、淡く橙に染まった、灰色の塀の上に、濃い影を写し、まるで8枚の羽根の浮力で、もう一度空へ浮かびあがろうとしている風情。

旅に出る先は、もはや、この世ではないのでしょう。

ヤゴの時代を過ごし、無事に羽化してトンボとなり、空を飛び、こうして、羽根がぼろぼろになるまで、蜘蛛の巣にも掛からず、小動物に殺められることもなく、生き抜いた、トンボという小さな命は、彼の意志とは関係なく、夕刻の微風に、8枚の翼を振るわせながら、今まさに、旅立とうとしていたのでした。
[PR]
by chaiyachaiya | 2013-10-26 15:03 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(4)

インドの四段お弁当箱とアスレチック庁舎の夢の記

装丁なども含めて、愛おしい本だと思い、外出の際に、サブバッグに入れて持って行こうとするのだけれど、家人に、いつも阻止されている。
「本は、どんな本でも、カヴァーつけなきゃ、絶対駄目。本屋さん覗いたりする可能性あるでしょ。盗品かと疑われるよ」

と、いうわけで、一々カヴァーをつけてもらったりしているのだが、単行本の場合、レジの方が忙しく、取り急いだ場合、お家でもう一回、実際の本をしっかり固定カヴァーしようとすると、上下の何方かを、数ミリ程大きく折り目をつけ直さねばならない事が多い。
そうすると、厳密にいうならば、盗品本に、家にある、以前書店から貰ったカヴァーを、盗品本のサイズに合わせて折り直したように見えはしないか、という問題が、どのみち、生じる。少なくとも、私のなかでは、生じるのだ。
ああ、装丁も含めて愛しちゃった本を、裸のまま、バッグに入れて出掛けたいな。買った時のレシート、財布の横ポケットに畳んで忍ばせてたら、済むことだよね。やや怒プリプリ。

このような、家人に対する、やや怒プリプリな心と、同家人の健康診断における、あな恐ろしメタボな結果によるものなのか、また可笑しな夢を見てしまった。

・・・以前、ボリウッド映画で、‘フィフィン’ 、と発音しているように聞こえた、‘お弁当’ あるいは、‘お弁当箱’ という物は、銀色の金属で、円筒の形をしていた。
私は、ネットで求めたそのインドのお弁当箱に、二段はインドカレー(例えば、ラムのカレーとパニールシムラミルナ=カッテージチーズのカレーとか)、三段目はバッタもんサフランライス(サフランがちと高価なので、ターメリックパウダーの黄色で誤魔化すのだ)、最後の一段には、チンするだけで出来るナンとフルーツを詰め、家人のお弁当としたりしている。
インドのカレーは、日本のルーで作るものと違い、激しく液状か、汁無しだったりが多いのだけど、そのお弁当箱は、汁漏れすることもなく、優秀である。

‘フィフィン’を、家人は、忘れて行った。いや、私が、きちんと、渡さなかったんだろうか。
銀色の四段お弁当が、玄関に、ポツリ、佇んでいる。
ああ。折角のお弁当、届けなくちゃ。

その夢のなか、何故だか、家人は、都庁の職員になっていた。

一度だけ、家族でお上りさんツアーした際の都庁の記憶が、総動員されているのだが、私は、家人の働く階に、辿り着けそうにない。エレベーターもエスカレーターも、使用禁止となっており、何処を押そうが突こうが、微動だにしない。ライトも瞬きを始めない。

『東京都庁 アスレチック庁舎』

ああ。都庁の入口には、そう記されたプレートが、取り付けられていたのだ。

いよいよ難儀な旅が始まった。

インドの四段カレー弁当の入った袋を右肩に掛けたぎこちない動きで、私は、家人のいる上層階まで、幾多のアスレチック難所を乗り越え、進まねばならぬ。
縄梯子、雲梯、それから、廊下や壁に取り付けられた、様々な、筋肉のための仕掛け達に、私は挑んでいく。

メタボ対策も、此処まで来たのか。
マッスル不足の私には、もはや、拷問そのものだ。く、苦しい。もう限界だ。
・・・でも、何だかブワッと、湧いてきたぞ。克己心が。
家人だって、これをこなして、毎朝自分のデスクまで行っているのだ。
負けるわけにはいかない。

・・・夢のなかで力んでいるうちに、酷い腓返りを起こして、目覚めてしまった。

苦しさに打ち克ち、ゼイゼイいいながら、最上階の家人の部所に、「どうよっ」と、‘フィフィン’ を届け、せめて夢の王国で、何らかの達成感を味わいたかったのだが・・・。

翌日は、夢の領土内で起こした腓返りの影響で、すこし右脚を引き摺ったまま過ごすこととなってしまったのである。
[PR]
by chaiyachaiya | 2013-10-21 19:51 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(4)

「流星ひとつ」と Money...That Broke All Rerationships

「さよならは言わないで」という邦題のボリウッドムービー“Kabhi Alvida Naa Kehna"の傍らに、A Love...That Broke All Relatonships という文言を、初めて見た時は、気がつかなかったけれど、この場合、Love は、他の様々な言葉に差し替え可能なのだった。
ことに、ひとの我欲に関するものであれば、際立つらしい。

金曜日の夜から土曜の朝にかけて、沢木耕太郎さんが、1979年の秋に、引退間近の藤圭子さんにホテルニューオータニの24階のバーで、8夜に渡ってインタビューした「 流星ひとつ」を、弾丸読みしたのであった。

本を読んで泣いたのは、アントニオ・ タブツキ著 須賀敦子訳の「供述によるとペレイラは」が最後で、モンテイロ・ロッシが当局によって殺められたあたりから、ラストに向けて、突然、雷に撃たれたように声をあげ、しゃくりあげてしまったのだったが。
・・・昨日の早朝、「流星ひとつ」の8夜目を読み終えた私の目は、涙を滲ませることとなった。
号泣ではなく、粒立った立体的な涙が溢れたわけでもない、じわり滲む、塩辛い一筋だったと思う。

藤圭子さんの歌の世界には、馴染みがなかったし、演歌、だというだけで、馴染みたいとも思ったことはなかった。
美少女だった、とのことだけれど、幼い私には、例えば、ブルック・シールズのように、整った構図のお顔かもしれぬが、足して2で割って余りも、ニュアンスもない、唯取り敢えず整っている、何のイマジネーションも喚起せぬ、つまらぬ美貌、と感じ、自分とは、何の縁もゆかりも無い方だと思っていた。

勿論、実際、逝ってしまった歌姫と自分とは、無縁のままであるが、魂の領分で、私は勝手に、藤圭子さんの苦痛の幾百分の幾分かと、近しい気分を感じてしまった。

一番ドキリとさせられた部分は、最後の火酒、という、まさに最後の章にあった。
「お母さんは、やめる(歌手を)と言ったら、何とおっしゃった?」
「純ちゃんがそれで幸せになれるなら、お母さんは反対しないよって」
「それ、本音かな」
「本音だと思う。お母さんは、やっぱりあたしの幸せが一番大事だと思ってくれているんだ。酔えばもう少し違うことも言うかもしれないけれど、・・・・・でもね」

藤圭子さんの給料、幾百万は、振り込みではなく、銀行員の方が、目の不自由なお母さんのために、現金で届け、お母さんは、その手で、指先で、札束を数え、確かめることを、とても気持ちがいいと言っていたという。

あああ。おおお。

神でなくば、生身の人間が、何年にも渡って、月に一度の、そのような慣わしを繰り返し続けたなら、おかしくなっていくと、思うのだ。少なくとも、《お金の気》《お金のカミサマ》が、知らず知らず、幾許かであれ、取り憑いてくるだろう。
防ぐ術を識る魂の持ち主は、本当に稀ではないだろうか。

Money Broke All Relationships を 思わぬカタチで見せつけられてきた私は、そう感じてしまう。

けれど、ああ、私の場合、そもそも、幼い私の周りに、自分が信じていたようなRelationships なんて、あったんだろうか?

私が、愛だとか、Relationships、などと信じてきたものは、現実の空気に触れたとたん、メタメタと溶けてしまう綿アメのようなものだった気がする。
でも、綿アメは、甘かった。舌を痺れさせ、麻痺させるほどに・・・。

マリリン・モンローやチャップリンなど、ものごころついた時、既に母親が精神分裂症(今は、統合失調症と言うらしい)であった人の伝記を読むと、辛くなり、心拍数に異常を来すというのに、何だか、魂の故郷にくるまれたように、安らいでしまう自分がいた。
後年、バーツラフ・ニジンスキーの、母親ではなく、自身が病んでしまう伝記を読んだ後、鬱状態の日々が続いたが、それでも、何処かもやっと癒やされている、妙な気分のなかにいたのだ。

・・・ああ。
この際、自らの「病み」も「闇」も、“ヤンミー、ヤンミー、美味しい、おいちい”って、ばりばり噛みしだき、消化不良起こしたら、アルコール消毒、と“火酒”を呑み、ガハハ、と豪傑笑いして、生きていきたいのだがな。

今度、8年振りにカラオケ行って、「赤く咲くのは〜芥子の花あ〜」て、歌ってみようかな・・・。
[PR]
by chaiyachaiya | 2013-10-13 22:21 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(3)

鯉のぼりと楽しい前世占いとシャールク様の言葉

自分は前世にて、何者だったのか?
幾たびも生まれ変わり、輪廻転生を繰り返すなかで、何をどう学んで来たのか、どうしてこう、今もって阿呆の極地、極北の大阿呆なのか?
阿呆は、淘汰され難い種なのか?

あ、いや、そもそも、前世というモノは、あるのか?

とまれ、この頃は、今を生きるヒトにとって、前世、は、便利なモノとなっている。
占いを生業としている方にとっても、使い勝手の良いアイテムなのだろう。

私は、縁あってお会いしたことのある木村藤子さんが、TVで否定していなかったから、前世の存在自体は、信じている。
木村藤子さんの透視能力は、実際、抜きんでていた。
そして、非常に、淡々と、エモーショナルな演出なしに語られる。
折角ここまで木村藤子さんに会いに来たというのに、こんな具合いか、と、何か達成感を得られないむきの方もいるのだろう。
私の場合、号泣してまっただ。
必要とあらば、此方からお願いせずとも、亡き人の言葉を伝えてくれるのだった。勿論、本人と親しい者しか知り得ない事を・・・。

本来私は、自分の前世に、興味はない。
恵まれている部分とそうでない部分の落差が、ドンガリ開いているきらいはあるが、私という阿呆は、前世でも、やっぱり阿呆だったと思う。
ただ、どうしても、気になる事があるのだ。
なして私は、こんなにも、鯉のぼりが、怖いのか?
生まれ落ちた後、気がついたら、とにかく、鯉のぼりが、怖くて恐くてたまらないヒトになっていたのは、何故なのか?
ちょっと、前世に答えを求めたくなる私だった。

霊能者を標榜する人や、占いを生業とする人が、図らずも傍にいた場合、不用意に、「鯉のぼりが怖くてえ〜」などと言ってしまうと、様々な“答え”が、返って来たものだった。
「私のところに、これから何回か来るうちに、わかってくるから」
と言う人がいた。
別の人はこう言った。
「水の流れに、美しい布が流れていくのが見えますよ。「平家物語」を読めば、自分が誰だったか、わかりますよ」
「え?」
「平家の姫様でした」
「へ?」

姫様だった、と言われて、満更でもない気分となった私がいたのは、確かである。くくく。
そして、吉屋信子の「女人平家」でも、宮尾本「平家物語」でもなく、何故か、英語で読む「The Tale of the Heike」や、声で楽しむCD-BOOK「平家物語」などを、読んだり聞いたりするうちに、なんだか自分が、「見るべき程の事をば見つ」と、碇を抱いて壇ノ浦に沈んだ、平知盛だったような気がしてきたのである。

いや、違う違う。
わたくしは、平安時代のお姫さまだのだ。
それなる証しに、よく(ヘタレてではあるが)昼食を抜き、一日朝夕の二食で日々を暮らしている。
ひらがな明朝体な肉体の持ち主であるし。

いつだったか、名前の字画数と生年月日で、前世を占ってくれるという無料のサイトを幾つか見つけ、遊んでみた時のことだ。
それによると、夫の前世は、“江戸時代の貧農”、他のサイトでは“江戸時代、金魚屋さんに、『金魚〜え〜金魚〜』と、売られていた金魚”と出た。
あてくしは、ほっほっほっ、“平安時代、何の努力もせずに、歌の才能を帝に気に入られ、遊び暮らした貴族”と、無料サイトで私が見た限りでは、どれにも書かれていたのだった。

前世の名残りは、何の努力もせず、というところだろうか。とほほ。

ボリウッドキング シャールク・カーンが、インタビューにて、「努力なしでは、どんに小さな事も成し得ない」と話しているのを聞いた時(正確にはDVDの字幕を見た時)、ハッとしたのは、一昨日の夜の事だ。

鯉のぼりが何故怖いか、なんだかもう、そんな事は、どうだっていいじゃないか。

今生では、阿呆とヘタレを、幾分かでも返上して、ちっとは、頑張るひとに、ならなくては・・・。

とは、私らしくない締め方だなあ。
[PR]
by chaiyachaiya | 2013-10-08 22:16 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(4)

故郷に点在していたらしい“石”屋さんの謎

宝石、というより、鉱物が好きなのだろう。
なけなしのお金で、やっとこさ手に入れた指環に対して、周りのダイヤモンドを取り外した後、アメシストやトルマリンだけ残し、宝飾品としての価値をわざわざ減じさせてしまう、担当の人が首を傾げるようなリフォームを施したことが、幾度かある。
中石一個のみとなった姿を見て、初めて、その指環に愛おしさを感じる私なのだった。

以前、故 河合隼雄さんが、「ちょっと珍しいけれど、自分が石になっている状態の夢を、見る方もおられまして」と、中沢新一さんか村上春樹さんかの、何方かと対談した際に、語っていた。
石になる夢、鉱物としての自分を夢に見てしまうとは、未だ夢で石化した経験のない私には、息苦しいような、羨ましいような話しだ。

夢の中で、私が変じたものといえば、巨大な古代エジプト女王で、石の像ではなく、彩色された張り子だった。天窓からプルシャンブルーの夜の空が覗く、メイン展示場にひとり、立っていた。
また、或る夜の夢では、薄暗い西陽のにおいのする部屋で、青森のねぶたのようなものになっていた。武者と姫は、針金と和紙で繋がっているため、ねぶたとしての私の意識は、戦う武将であり、庇護されたり呪詛したり、霊力を与えたりするような、怖くて綺麗な女でもあったのだが、なにしろ動けないし、誰にも見向きもされない。
女王も姫も、武将も、誰も見てくれないスタチューとなると、おしなべて、孤独だったけれど、石になる気分も、動かない分、同じように、寂しいのだろうか。

・・・石、といえば、思い浮かぶある光景がある。
私はもう高校生になっていたのだが、その日の思い出映像朧げレヴェルは、まるで幼稚園時代のそれのよう。

父と一緒だった。
車を降り、ガード下をくぐり抜けた辺りに、その建物はあった。後方は、墓地であり、ごく近くに、犬猫供養塔が建っていた。
その館の主に、何か頼まれた届け物が、あったらしい。
とにかく、ぬかるんだ道を、父について行く。

・・・半透明な曇り硝子か、アクリル板か何かで、その建物は出来ているのだと思った。ほんわり、中が、透けて見えた。
内部には、幾段もの硝子の棚が設けられ、錦石やら、ちょっと黒ずんだ水晶、孔雀石、黒曜石、インド翡翠(軟玉翡翠)、に見える、掌に乗るくらいの大きさの様々な石たちが、法則性もなく、ころころと、並べられている。
「こ〜んにちは〜」
柔らかい光に満ちた空間の足許に、床材は張られていず、父と私は、土を踏んで、建物の主の所まで進んだ。
炬燵のある小さな居間と寝台が、奥の方に、石たちの陳列棚と同じ要領で、設置されているみたいだった。個室としての、くっきりした仕切りもなければ、ドアもない。
「は〜い」
仙人と仙女の老カップルといった風情のふたりが、炬燵から、此方を向いて、嬉しそうに微笑んだ。
そこで、私の記憶は、途切れている。

冬になったら、あの老夫婦は、凍えてしまうのではないか?
そもそも、あの老夫婦は、小石を売って、生業としているのか?
何故、あのように、やわらかい和やかな気を、放っていられるのか?

今だったら、「ああ見えて、パワーストーンとして、ネットでバカ売れなんだぜ」という、まさかの真実もあり得るのだが・・・。
つげ義春さんの「無能の人」の世界には、繋がりそうで、決して繋がらない、穏やかな空気に満ちた、“石”と人との関係。

ああ、父に、きちんと尋ねればよかった。

それから十年ほど経た頃、知り合いになった隣の街出身の、朗らかな女の子が、実家について語った際に、“石屋”という言葉を使った。
「ああ、墓石屋さんなのね」
勝手に納得しかけた私に、
「いえ、墓石じゃなくて、ただの、普通の石」
はにかんだような、少し抑えた発声になって、彼女は、応えた。どんなにやんわりとであれ、それ以上、そのことについて言及するのは、憚られた。

でも、彼女にも、色々、訊いてみればよかった。

嘗て、私の昭和の故郷には、そういった“石”屋さんが、点在していたらしいのだが・・・。
[PR]
by chaiyachaiya | 2013-10-02 22:30 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(6)

抗癌剤を流し込んだら

抗癌剤を 流し込んだから

取り敢えず 数値は 下がりましたよ

え? 命そのものの 力が 低下してる

激しい嘔吐と 脱毛 それに伴う 衰弱

はあ それって 数値化出来ますか 今すぐ

数値が 下がったんですよ データ上は

失業率増えた って?

でも 景気は 回復 快復 してるんですよ

きちんと 数値 見てくださいよ

開腹 しますか?

あれ 生きていたいんですか?

まだまだ 生きるってつもりですか?


・・・「生きるつもりです。生きる権利がある、あったはず。」
[PR]
by chaiyachaiya | 2013-10-01 20:58 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(2)


猫と日常と非日常
カテゴリ
Twitter
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
Mitsuki様 コメ..
by chaiyachaiya at 10:09
メールなどでかかりつけの..
by sweetmitsuki at 18:46
こんにちは。 スペース..
by つねさん at 07:18
サンチ氏にはかなわぬかも..
by chaiyachaiya at 12:45
きゃわゆいの~。
by saheizi-inokori at 10:52
あまり高速回転を極めると..
by chaiyachaiya at 11:05
俺は今頃初めて踊ってる。..
by saheizi-inokori at 21:19
俺は今頃初めて踊ってる。..
by saheizi-inokori at 21:18
猫トイレも猫の数より多く..
by chaiyachaiya at 08:13
以前に訳あって、ハウスホ..
by sweetmitsuki at 06:03
最新のトラックバック
検索
タグ
その他のジャンル
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧