ふみちゃこ部屋



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猫と人間の相互理解について

飼い始めた頃、アビシニアンのアビは、私が、ヒンディーフイルムミュージックを鳴らして、踊るやいなや、カプ、と足先を噛みに来ていた。
「か、か〜ちゃん、た、頼む、やめておくんなせい」
という、メッセージだということは、嫌でも理解せざるを得なかった。
アビにしてみれば、音楽はうるさい、か〜ちゃんは、いつものか〜ちゃんでなく、別ものになって、ドタバタ暴れている、という状況は、耐え難かったのだろう。

しかし、ああ、歳月の力よ。

今では、ジュヒーにしろ、インド映画のダンスシーンミュージックが、大音響で鳴るなかで、お腹を上にして、気持ち良さそうに、寝ているようになった。

「このての音が、鳴ってるってことは、か〜ちゃまが、取り敢えず、健やかでいれてる証拠。だから、安心。ご飯も、おトイレも、大丈夫」
と、まるで、悟っているみたい。

この頃のジュヒーは、居間のテーブルの椅子に腰掛けている私の傍に来て、後脚で立ち上がり、前脚を私の腿に乗せ、「にゃおん」と、鳴く。
「どうしたの、ジュヒちゃん」
と、立ち上がった私を、振り向きながら誘導する。
そして、ソファーの背凭れの端っこにジャンプして、香箱座りをする。
「ジュッちゃん、ブラッシング?」
と尋ねると、
「にゃおん」て、また言う。
ちょっとブラッシングすると、反対側の端っこまで歩み、其処にいる、夫におでこをくっつける。
「ジュッちゃん、ジュッちゃんのお父さんは?」
と、問うと、夫のほうを、じっと見る。

俳優の萩原流行さんが、自分と妻が離婚しなかったのは、猫のおかげだと、以前猫雑誌で語っていらしたけれど、本当に、猫の力は、計り知れないと思う。

猫らは只、自分らにとって、ストレスレスな状況を維持しようと、試みているだけかもしれないけれど、ああ、彼らの思う壺な日々であることよ。

そして、今宵も、猫らは、意図していようとなかろうと、真綿の如くに、人の痛みを吸い尽くしていたりするのだ。
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by chaiyachaiya | 2013-07-30 23:35 | | Trackback | Comments(0)

剣道と極真空手とボクシングの狭間で

自慢ではありませんが、体育の評価は、おそらくは生涯を通して、5段階評価では2、10段階のそれでも、何故か、同じく2、を通してきた私です。
小学校の担任の先生は、参観日の父兄(当時は、保護者ではなく、あくまでも、父兄、と称したのであります)懇談会にて、我が母に、
「保健のページに記載されてませんが、幼い頃、何かの病で、体が動けなくなったんではありませんか?」
と、尋ねたといいます。

ええ、ええ、私は、今でも、自転車で、路上走行は出来ません。
原っぱだと大丈夫ですけれど、道路にて、大型トラックなどが後ろから迫ってまいりますと、恐怖のあまり、側溝に寄っていき、そのまま突っ込んでしまうか、同じく恐怖のあまりですが、逆に、大型トラックに吸い寄せられていくか、のどちらかなんです。
縄跳びは、皆さんが何段飛びかをマスターなさった頃に、ぴょん、て、一回出来るか出来ないかでしたし(どの段階で、どう腕を回し、どの瞬間に、如何にジャンプしたらよいかが、つかめなかったのです)、跳び箱も、一連の動きの組み立てをイメージ出来ず、やっと低い段を跳べた頃には、授業で、跳び箱は終わっていました。
運動のセンスのある方は、頭で考えなくとも、スルスルと、体が動き、次なる課題を、気持ち良さそうに、こなしていっていました。羨ましさのあまり、『さては、宇宙人め』と心の横目で、睨んでいたものです。

そんな私でしたが、中学校入学と同時に、剣道部に入部したんです。
袴姿への、単純な憧れからでした。
竹刀合わせの最初の、「お願いします」で、吹っ飛ばされる私は、“面”をくらう際、怖くて、首を竦めてしまうため、無防備な脳天を打たれ続け、本来の阿呆さに磨きをかけてしまい、現在に至っています。ちなみに、新人戦にすら、出してもらえませんでした。
そのうち、病いを得、入院生活となり、退院して登校した時、運動部へは入部ならぬ、と担任に告げられ、体を動かすこと、イコール、タイツを履き、股間の上に、アルト笛の上部を忍ばせ、マッチョになる前の、全身タイツなフレディ・マーキュリーのステージアクトの真似っこをする時だけ、という、違う意味での病垂な暮らしを、余儀なくされていたのでした。

それから、何十年か経た時、極真空手を習ってしまいました。
アタマん中だけで、ぐるぐる終わりなき不毛な考えを繰り返す自分を、変えたかったのでした。
人並みに、ジンセイにおいて、辛い状況が、起こっていた時期でもあります。
オバさんの手習い、だと加減してくれていた先輩たちも、
「こやつ、やめずに、来る、らしい?」
と、認識してくれるに至り、ということは、ちょっとは、打ち返してきてくれるようになり、そうなればなったで、怖さが先に立つようになりました。
寸止めじゃない、フルコンタクト(フルアタッチメント、と覚えてしまい、家人から、揶揄されまくったものです)、の極真空手です。
6回で、終了とさせていただきました。

それから更に年月が過ぎていきました。
やっぱり、日々、気持ちが、ああ、行き詰っています。憂いゴトは、さらに厄介な、フォームを取りはじめました。
でも、何があっても、心映えの良くないニンゲンに、成り下がりきるのは、口惜しいんであります。

・・・この頃の、或る日の午前中、私は、カソリック教会の門を潜りました。
・・・少なくても、今は、縁を感じませんでした。
そして、同日の午後、ボクシングのクラブを訪ねました。

「あの、一方的に、殴りたいんですが」
クラブの代表は、笑って受けとめてくれました。

基本を教わり、グローブを付けてもらった私は、いっぱいいっぱい、一方的に、スパーリング擬きを繰り返しました。

今、私の中から、言葉が、言の葉ワールドが、消えていきつつあるみたい。
もとよりあるかないかの、点と点を結んで、形を創るプチっとしたパワーが、ほぼゼロとなった感じです。

それでも、日常生活においては、対外的に、決して不可能なレヴェルのキツい目つきとなり、思いっきり相手を睨みつけて、バシッと、手応えのある一撃を繰り出す瞬間の快感に、白旗はたはた状態です。
脳内にて、気持ちを上向かせる物質が、大量に放出されてる模様です。
ああ、抗えません。
そして、心地良い全身疲労により、只々、眠たいんです。
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by chaiyachaiya | 2013-07-29 22:44 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

お母様方へ

どんな事情があるにせよ

人の子の親になってしまった場合

来る日も 来る日も

阿呆のように

かわいい かわいい て

か〜ちゃんの子供になって

生まれてきてくれて ありがとう て

吐くほどに 伝えて あげてほしいのだ

さもなくば

その子は 長じた後も 通りすがりの人に

飽くことなく むなしく

愛と評価を求めることに

人生の時間を 費やしてしまう

そうなったら 嫌だ そうなったら 辛い

目の荒いザルを 後生大事に抱えて

人びとに 情けの水を 請う者となるのは

惨過ぎる
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by chaiyachaiya | 2013-07-29 21:37 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

期日前投票とずわいがにの夕刻

割り引きのシールがベタリと貼られたズワイガニの缶詰が、キッチンの引き出しにあるのを、私は見た。
ゴールデンカラーの缶詰の上部に、太字ゴシック体で、30パーセントOFFと、記されている。
缶詰の割り引き品というのは、滅多にないように思い、買って来た後、引き出しの底で、忘れ去られていたそれを、最近認識した。再び忘れないうちに、早めに使わなくては。

でも、また、フッと、ずわい蟹のことを、忘れていた。
忘れたまま、或る日の午後、期日前投票に出掛けた。

ネームプレートを下げた役所の方々は、にこやかに迎えてくれた。
役所の人々を、こんな笑顔にするなんて、期日前投票って、なんだか、とても、良いことをしている気になった。

「葉書に、記入してらっしゃいましたか?」
と、女性が問うてきた。
「あ、いえ、すみません」
「こちらに掛けて、ご記入ください」
未記入のまま葉書を持参する人のために、長いテーブルの上には、ダイソーのにおいがする、クッキリとしたフレームカラーの弱・中・強 の老眼鏡と、ボールペンが立ててあった。

葉書の裏に、◯やらレ点やらを記すために、私は折り畳み式の椅子に座った。

そして、
「〜のいずれかに◯を〜」
の、いずれかに、を、ずわいがに、と、読み違え、思わず、大きな声で、
「ずわいがにっ」
と、声を上げてしまった。

“わざわざ期日前投票に来てくれた殊勝な心がけの皆さんのなかから、抽選で、ずわいがにをプレゼント。尚、当選者発表は、発送をもって変えさせていただきます。”
・・・という、あり得ない文言の妄想の世界に、私はひょいとトリップしてしまったのだ。
老眼のせいも、あったろう。
ずわいがに、ということばが、深層心理にあったということでもあろう。

夕刻といっても、夏の日らしく、明るいまんまの空の下、また間違いを犯してしまった。

おおお。

でも、ほどなくして、図らずも笑いをとっちまったんだぜベイビー感が、じわり、湧いてきて、終いには、清々しい達成感に変じたのだった。

ああ。
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by chaiyachaiya | 2013-07-25 21:34 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

フランスから来た色変わり聖ミカエル像のお話

高橋たか子さんの、「過ぎ行く人たち」を読み進むなかで、語り手と一緒に、フランスの村や小都市を移動している気分になっていたところ、昨日、フランスの旅のさなかの知人から、絵葉書が届いた。
これまでも幾度か渡仏経験のある彼女は、今、フランスの村々を巡っているという。
葉書の写真には、ドルドーニュ県の青い空と緑、断崖の上部には岩肌と一体化したような中世風の城、滸には素朴な硬い焼き菓子みたいな家々、そしてそれらを映している川面と、手前には小舟、が収められていて、私は、赴いたことのない場所への親しみと懐かしさを覚えた。

・・・ジャンヌ ダルクが好きな彼女、今回はジャンヌ所縁の場所の門を潜ることが出来ただろうか・・・などと考えていたら、函館にある聖トラピスチヌ修道院の聖ジャンヌ ダルク像を思い出したのだが、一瞬の後、私のアタマと胸の中身は、その正門に立つ、聖ミカエルの姿で、埋め尽くされてしまった。

や、初めて、もう30年も前に、トラピスチヌ修道院の聖ミカエル像を目にした時から、一日のうち、彼の姿が思い浮かばなかった日が、そういえば、ない、ことに、今、書きながら気がついて、驚いている。

多分、私が、その聖ミカエル像を思うベースには、1970年初版の、山室静編集、司修絵、の旺文社ジュニア図書館の「ギリシャ神話」という美しい児童書の、ギリシャの神々の紹介の頁に見た「ヴェルデヴェーレのアポロン」と名づけられた、両肘から先のないアポロン像の、ヴィーナス像と、御顔交換可能なくらいに中性的だけれど、成熟した女性ではなく、少年としては完成してしまったが、青年としては、僅かにまだ“未”の余地を残している分だけ、愛おしく感じられる貌が、あるらしい。
・・・なのだが、そのアポロンの剥き出しの下半身の表現は、小学生の私を、おおいに困らせた。
左右の腰のラインに、超ハイレグ状態に垂れ下がっている皮膚があり、陰毛も含めて表現した結果なのか、男性器は、加工前の採れたてのメカブの姿を想わせたのだ。
一旦メカブ男性器を見てしまうと、アポロンの表情は、不機嫌だったり、怒っているかのように見えてしまい、なんだか怖かった。

美しくて、怖い。
私にとって、その繋がりのなかにも、聖トラピスチヌ修道院の聖ミカエル像が、ある。
もっとも、その聖ミカエル像は、足下の悪魔の使いを剣で貫こうとしているのだから、ちょっと厳しい表情となり、神さまの威厳にかかわる属性だと思える、或る種の“強さ、怖さ”を、顔や身体から滲ませていて、当たり前なのかもしれないけれど。

私の記憶にある、昭和のトラピスチヌのミカエル様は、総天然色(古いっ)と呼びたくなる、やや稚拙な感じで彩色されていた。悪魔の使いを刺し貫く剣も、巨大フォークのよう。悪魔の使いも、色を施すことで、「よっ、ナマズのお化けちゃんっ」と声掛けしたくなる風情だった。

それから、幾年か後、まだ幼い子ら、夫、それからケビン コスナー似のブラジルの方と、縁あって、お互い片言の英語(ブラジルで話されている言語は、ポルトガル語)で北海道に旅をする、という暴挙(汗)に出た際、再びまみえたミカエル様は、ナマズのお化けちゃん諸共、ベタな肌色に、ベッタリと塗り込められていた。
修道院の見学を終えたあたりで、
「アー ユー ゴーイング トウー チャーチ エヴリ サンデー?」
と、出たとこほいさっさ英語で聞いた私に、
「セルダム」
ケビン コスナーと見まごうオランダ系ブラジル男性が、にやり、微笑んだ。
その後、
「お手洗い大丈夫ですか?」
と、確認しようとして、何を思ったのか、いや、適切な表現を思い出しあぐねた結果、
「テーク シット? テーク シット?」
私は、クッキーカラーのミカエル様の前で、ケビン似男子に、にこやかに、結構な大声で、繰り返していたのだった。うう。
ああ、ミカエル様、ごめんなさい。

今、ネットで画像を検索しても、記憶にある、フルカラーやクッキーカラーの聖ミカエル像を見つけることが、私には、出来ない。
代わりに、青銅、というのだろうか、金属の、重量感のある、聖ミカエル様と、悪魔の使いが、ある瞬間を演じたまま、北の空の下にある写真だけが、続く。
彩色から解放され、やっと本来の姿に戻った、ということなのだろうか。
それとも、フルカラーミカエル様も、クッキーカラーミカエル様も、私だけが見た、途切れとぎれの長い夢、だったのだろうか。

あの像に、ミカエル様に、会いたい、と思う。
何故、毎日、思い浮かべ続けているのだろう、とも感じる。
それはその神や天使に導かれているから、選ばれているから、なハナシでは、決してない、という自負だけは、揺るぎなく、ある。
・・・造形の美しさの由縁は、フランスから送られたものだからで、私は、ただ単に、ヴェルデヴェーレのアポロンと違い、着衣なので何だか安心な、神サマの領域にいる美丈夫を、もう一度見たいだけなのだろうか。
ギリシャの、ともすれば傍若無人な振る舞いをする神サマよか、崇高で奥が深いよ〜な気にさせてくれる聖ミカエルの側にいたい、という、良い子志願めいたものもあるのだろうか。

ともかく、今では金属の質感が剥き出しになっているであろう、あの聖ミカエル像に、この頃は、益々、とてもとても、会いたいのだった。
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by chaiyachaiya | 2013-07-23 12:49 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

未来の力士と彼の魔物語り

子の保護者会があり、天井の高い市民ホールで、午後の時間を過ごしていたら、教室で座っている椅子を持って、全校生徒が講堂に寄せられる、中学の頃の、全校集会の空気が思い出された。

私は、背が高い方だったので、背丈の順に並べられると、最後列から2、3番目のポジションとなる。
いつも、男子の、バスケットボール部や、野球部、陸上部の、背高の精鋭達が、至近距離に腰掛けていて、そういった体育会系美丈夫に憧れる女子達からすれば、何の努力もなしに、身長だけで、いい場所に陣取っていられる立場だった。

のだが、ルキノ・ヴィスコンティ監督による「ベニスに死す」の、タジオ役の少年、ビョルン・アンドレセンと、マッチョを標榜する前の長髪フレディ・マーキュリーが、左右から同時に、私に愛を求めてきたら、果たしてどうしたらいいのか、という問いに、答えを見出せぬまま、妄想ワールドにトリップしている、中二病(というのでしょうか?んだば、未だ完治していないみたいです)な私にとって、同級生や下級生女子の憧れの対象の体育会系美少年達の麗しさは、ちっとも意味を持てないものだった。

そんな私にも、全校集会、といえば、よみがえる思い出がある。
いつも最後列にいた、身体の大きな、D君に関することなのだが・・・。

D君。彼は、ひときわガタイが良かったけれど、威圧的なところが微塵もなく、その体躯からは、素朴な優しいオーラが、毎時無限に放出されているように思えた。
先生の目の届きにくい全校集会後列集団は、椅子をずらし、さり気なく身を捩り、D君の語りに、皆で耳を傾けていたものだった。

「ほら、あのK町のJ神社の裏の児童公園の沼、あそこには、大っきな鯉が、沼の主がいたんだけど、埋め立てられたよな。こないだの火事で、すぐ傍の家焼けたろ。何故だか、焼け跡の、その家の壁に、でっけえ鯉の姿が、魚拓みたいに浮き出てたんだってさ」
「S町に、F寿司って、寿司屋あるだろ。勤め帰りに、そこの入り口で、何年も会ってなかった友達にばったり会った人いて、一緒に、F寿司入って、寿司食って、ビールも酒も飲んだんだって。で、店出て、帰りに、その友達の姿見たら、膝のちょっと上のあたりから下、無いんだって。宙に浮いてるんだって。真っ青になって家帰ったら、亡くなった、って電話あったって」

“膝のちょっと上のあたりから下”という表現に、幾許かのリアリティを感じたものの、D君の、おおよそ町なか半径5キロ内由来の魔物語りは、そのとつとつとした語り口により、どこまでもほのぼのとしていた。そして、それ故の不思議な魅力があり、皆が引きこまれた。後列グループは、先生が近寄って来ると、何事もなかったように、取り敢えず、御澄まし顔になって前を向いた。そんな共犯気分が、楽しかった。

D君は、その後、相撲部屋に入門し、力士となった。
歴史に名を刻むほどの大成は、しなかったらしい。
けれど、彼の、ほんわりした語り口の地域限定怪談の思い出は、きっと、後列グループの、その後の其々の人生における“しんどいタイム”の濃度を、ふっと、薄めてくれている。
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by chaiyachaiya | 2013-07-15 22:09 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

カンパリソーダの美人と「過ぎ行く人たち」

女子パウロ会が刊行した、高橋たか子さんの「過ぎ行く人たち」を読み始めた。

ベネディクト会のベネディクトは、フランス語で、ブノワ、だという。
主人公の旅は、ブノワ、という名の青年を、魂のレベルで、やんわりとした、よすがとしながら、続くらしい。

まだ半ばまでも読み進んでいないのだけれど、「過ぎ行く人たち」において、きっと、“過ぎ行く”のは、主人公を中心軸として、過ぎて行く人びと、という意味ばかりではなく、語り手もまた、誰かにとって、“過ぎ行く人たち”の一人、いや、一人、ですらないのかも知れないような、淡くて透明な、個、という寄る辺なき存在が、ふっと重なりあう瞬間の陶酔を、私は感じた。

いや、感じた、というより、感じたかった。

文学的でもなんでもなく、格調も高くないけれど、唐突に、思い出してしまった、遠い記憶。
お互いに、過ぎ行く人たち。
この場合、いまだ、機会あらば取り出し可能な状態で、記憶の棚に仕舞っているのは、こちらだけだろう。
彼女の記憶の整理棚の何処にも、私の場所は、ないはずだし、ある方が、怖い気がする。

何だか勿体ぶっているみたいなので、あらましを、サッと、記そう。

・・・やることなすことトロい私は、正式な公園デビューなど、出来なかった。
家事に目処をつけ、何とか公園の入り口にたどり着く頃には、大方のお母さんたちは、子どもの手を引いて、そろそろ家に戻ろうとしているのが常だった。

けれど、たまたま、早めに、公園へと向かえた日があった。
私の子らは、嬉しかったに違いない。
お母さんたちは、お互いの子を、ブランコや滑り台、砂場で遊ばせながら、何処の幼稚園がどうのこうのや、メーカー別紙オムツの優劣や、三種混合ワクチンどうします、掛け算九九覚えるのだと「天才バカボン」ヴァージョンがいいですよ、など、話していたのだった。

私は、その人と、特に、話さなかった。
「へえ、天才バカボンのが、いいんですか」と、他のお母さん方に、返したりしていた。
時折、その人の笑顔が、私をとらえた。
小さな女の子を連れた彼女は、話しの中心にはいずに、柔らかく、微笑んでいた。かといって、控えめとか、ひっこみ思案というのではなく、本人の意志に関係なく、気がつけば爽やかに風上にいる、という感じがした。
すらりと長身で、髪が長く、80年代に、“ボケ〜ショオ〜ン”という如何にも呑気な歌とともに、チンパンジーも出て来る、カンパリソーダ系の瓶入りカクテルのCM(記憶が定かではないのですが)に出ていた、片頬にちょっと大きめな黒子のあるモデル(ああ、名前がわからない)を想わせる、美しい人だった。
そして多分、その場に溶け込もうと、私が頑張っているのを、皮肉な目ではなく、見ていたと思う。

結局、彼女ではない、本当は、趣味趣向の全く合わない人と、今で言うところの、ママ友になった。孤独な子育ての無聊を慰めつつ、情報交換に精を出すことが中心の、ママ友ワールド。

或る日のことだ。
その頃は、割と高い塀に囲まれた集合住宅に住んでいたのだが、私が、玄関先にいたところ、「こんにちは」と、あのカンパリソーダのモデル似の彼女が、塀の向こうから、少し背伸びして、声を掛けてきた。
「こんにちは」と、私は、返した。次の言葉を、継げなかった。

翌年の夏の始まりの或る日、転勤で違う土地へ引っ越した私は、その街の駅前のメインストリートを、家人と一緒に歩いていた。
すると、人混みのなかを、前方から、あの背の高い彼女が、カジュアルな、アースカラーのワンピース姿で、歩いて来るではないか。彼女の幼い女の子が、横にいたように思う。
「こんにちは」
ちょっと前方の地点で、いち早く、彼女は、言った。変わらぬ涼やかな笑顔だった。
「こんにちは」
そう返しながら、家族と共にあった私は、歩みを緩めることも、立ち止まることもなく、そのまま進んでしまった。

今では、私にしろ、彼女の顔の記憶は、ほとんど朧げとなり、目の前に現れても、もはや、わからない。
彼女に至っては、一度公園で見掛け、二度「こんにちは」を交わした人物がいたことすら、記憶には、ないのだろう。

お互いに、“過ぎ行く人たち”だったのだ。

久しぶりに、高橋たか子さんの文章に触れた。
淡い淡い、あるかないかの縁が、ひどく得難く、切なくて美しい思い出として、蘇ってくる。
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by chaiyachaiya | 2013-07-13 23:53 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(3)

音楽の効用 「女吟遊詩人たち」と「ボリウッドムービー ダマカ」

「片付けられない人にとっては、特別な行事もない、ごく普通の一日が、こなし切れそうにない、言ってみれば、毎朝起きたら大晦日の感覚なのです」
というような文章を、“片付けられない人必見! その傾向と対策 こうすれば解決”系の本で、読んだことがあります。

ま、毎日が大晦日の日常・・・おお、だとしたら、本当に辛くて、生きることは、もはや、プレ拷問状態でしょう。気の毒に思ってしまいます。
私の一番良く知る、片付けられない或る女性は、こんな戯れ歌を詠んですらいました。
『世の中に 絶えて片付けのなかりせば 春の心はのどけからまし』
また、
「神よ、片付けなくて済むのなら、その時間の分の私の寿命、無くなってかまいません」
とも、嘯いています。挙句、
「や、どうせ片付けないんだから、寿命減るも増えるも、変わりないから」
と、家人に返されたらしいです。
て、じわり暴露た感が出てまいりましたが、上記の、愚か者的事象の体現者は、悲しいかな、私自身であります。

私は、このような恥ずべき状態から、脱却せねばならぬ。ああ。

・・・軽い冥想状態を経て、魂を浄めたら、片付けられるやもしれぬ、と、考えた私は、「貴婦人と一角獣」展の出口の売り場から買ってきました『女吟遊詩人たち』という、神への祈りや呼びかけの詩が多く選曲された、北フランス中世の古楽器をバックに、美しい女性の歌声が静かに流れるCDを流してみました。
しかし、直ぐに私を捕えに来たのは、ふんわりした真白き羽にて私を包む、眠りの王国の天使たちです。

「絶対眠くならない、思わず身体が動いてまう選曲の、“ダマカ”の編集を、頼みます」
(ボリウッドムービーの、ダンスシーンに特化したCDやDVDに、よく、Dhamakaと記されていて、その真下に、漏れなくnon stop とあるため、家では、どうにも止まらない状態を指し、“ダマカ”という言葉を用いるようになった)
「ふっ、最終兵器は、全ての答えは、ヒンディーフイルムタワーにあったのね」
(ヒンディーフイルムタワーとは、居間に立つ、インド映画を並べる事に特化した、縦長の棚である)
私は、方頬を引き、勝ったも同然の笑みを浮かべたはずです。

持てるボリウッドムービーのCDの中から、私はしっかり時間をかけ、妥協を許さぬ選曲をしました。
そして、全13曲、“これで解決 思わず身体が動いてしまう お掃除ダマカ”が、完成したのです。

いや、もう、身体が動きまくるったら、ありゃしない。
凄いものでした。
6曲目の、「JIYA RE」(映画では、サビの部分で、デイスカバリーチャンネルの記者役の、手脚の長いモデル出身の女優が、『自分らしく、人生を生きて行こう、前に進もう』と、インド北部の平原で、伸び伸び明るく踊るとこです)まで、一気に踊り通しました。
おおよその口パクは出来ますが、顔の表情筋だけで踊っているのか感もあり、いわゆる、ダンスの技術点の低さを、芸術点にてカバー、的な状況だったと思います。
ともあれ、インド古来のどんつくサウンドスパイスに、西側の、ポップなリズムが溶けこんだ(或いは、無理にも溶かしこんだ)音楽に乗りまして、私は、幸せな時間を過ごしました。

あれ。

これ、違う。違うよ。片付ける、は、何処へ消えた。

片付けのためのウオーミングアップという意識すら、ありませんでした。
6曲目の歌詞のように、“自分らしく生きて”、踊ってしまっただけです。
そして、疲れ切ったところに、また、眠気がやって来るのでした。
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by chaiyachaiya | 2013-07-12 13:26 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(3)

ジュヒーあなたと知らずに

「一姫二太郎だって、言ってたよ、占い師さんが」
と、母が言うのだった。
母も私も、未来を見てくれと頼んだわけではないが、新商品(化粧品だった気がする)の、キャンペーンか何かに、漏れなく付いてくるサービスだったらしい。

しかし、医師は言った。
「見えますか? 胎嚢、は、これね。そして、その内側に、何の動きもありませんね。心臓が、脈打ってませんよ」
ううう。

その女の子は、そのちっちゃいちっちゃい、ちっちゃいまま、逝ってしまった命は、ちっちゃ過ぎて、ニンゲンには生まれ変われなかった。

「んだから、だから、ネコちゃんになって、おかあさんのとこに、来てくれたんだもんね。ありがとう、ジュッちゃん」
「んで、いつか朝起きたら、人間の女の子になって、シラスボシや削り節入りのワッフルお弁当持って、幼稚園バス乗るんだもんね。そいで、意地悪な子がいたら、お爪で引き裂いちゃうんだもんね。ジュッちゃんは、可愛いだけじゃなくって、強いんだもんね」
ほぼ毎日、ジュヒーをブラッシングしながら、こんなふうに話しかけている。

いつか人間の女の子になって、と言うわりに、私が想い描くのは、人間の幼児のサイズに巨大化したジュヒーが、制服を来て、幼稚園バスの座席に、真面目な顔をして、人の子のように、なんとか座っている姿なのだ。

ジュッちゃんジュッちゃん、て呼ぶから、今では、
「じゃがいも十個取ってちょうだい」や、「それって、個数何十個くらいあればいいの?」
と、家の中で誰かが口にする度、ジュヒーが、「ぐるにゃおん」て、言いながら、やって来るようになった。

百貨店の、子供服のコーナーで、パステルカラーの可愛い女の子の服を目にすると、「あれ、ジュッちゃんにどうかな」と、思う。幼女向けのバッグを見ても、思う。
道行く、若い保護者に護られた小ちゃな可愛い女の子を見る度、うわ、まるでジュッちゃんみたい、て、ほんわりした気持ちになる。

「ジュッちゃんジュッちゃん、こんなに可愛い、優しい女の子になって、おかあさんのとこに来てくれて、ありがとう。たったひとりの、大事な大事な女の子。ジュヒー、生まれて来てくれて、ありがとう」

今日も私は、幼い頃、聞きたかった言葉を、自らの舌を刺す甘ったるい呪文を、飼い猫に、注いでいる。
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by chaiyachaiya | 2013-07-10 23:24 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

もしも人生が冷前菜だったなら

人生が冷前菜だったらいいな

テーブルの上には

キリッと冷えたカヴァかスプマンテ

お腹は冷えるけど おしゃれな冷前菜

魚介の冷たいゼリー寄せ

ガラスの器の周りが クラッシュアイスで包囲された

エンドウ豆の冷たいスープ

自家製パンなんかが オリーブ油と一緒に供されて

だんだん そろそろ 赤ワインの時間

いえ いえいえ

いつまでも カヴァかスプマンテの時代を生きたいのよ

どんなメインデイッシュなのか

期待より 不安が 大っきいから

お腹 冷えたまんまで

シャンパンじゃなくって 分相応の 泡立つ

難しくないテイストの スペインやらイタリアの発泡ワイン

へらへら笑いながら いっぱい飲んで

人生から 立ち去りたいのよ

こってりとした味わいなんか 要らないもん

渋味苦味から 逃げたいんです

ねえ 一緒に 逃げよう

冷前菜の王国を目指して

その国の湖の水は

フルーティで わかりやすい味の スパークリングワイン

だという 噂よ
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by chaiyachaiya | 2013-07-10 18:26 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)


猫と日常と非日常
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