ふみちゃこ部屋



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誰がためにお湯は沸く

ただおゆをわかすんだけれど

りすくたかいといってはいっぱいおかねうごく

あんぜんだというのにもいっぱいおかねかける

おおきなことおこっても

やくいんのろうごのせっけいもありますのでと

こっかいでいう

ひとびとはおとなしくああまたかとつぶやいて

もいっかいそのほうほうでおゆわかすというにゅーす

きいている

合掌
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by chaiyachaiya | 2013-02-28 22:38 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

長く伸びた鯉のぼりの影と、恐怖の逆さま雲梯

「豆腐、お願いね、おつりは、お駄賃だからね」
春の夕刻に、母から、小ぶりな、丸い木の取っ手の雪平鍋を手渡されると、もう、駄目でした。
お駄賃ニンジンが、目の前にぶら下げられようと、お気に入りの、銀色の細かいラメを含んだ、透明ピンクビニイル製の、魔法使いサリーちゃん顔付きサンダルを穿こうと、モチベーションは上がらないどころか、恐怖のあまり、からだ中の細胞のひとつひとつが、ヒクヒク回転したした後、ピシッと固まった感じにるのでした。

その手作り豆腐屋さんへは、二つのたどり着き方が、あります。
普通に住宅や商店の並ぶ車道傍の歩道を進み、豆腐屋さんの左手前の、井戸のあるお家の、ブルドッグ色の毛を持つ、でもブルドッグの顔はしていない中型犬に、鎖がピーンと張るまで飛び出され、吠えたてられ、車道に飛び逃げながら、を行き帰り耐え忍いで行くか、或いは、通っているカソリック系幼稚園の敷地を、裏の狭い門(まさに「狭き門」でした。)から抜けて、右側から、すっといくか。

「狭き門」から出でた方が、断然近道でしたし、のどかな草地に、[とき知らず]と大人達が呼んでいた花が、ランダムに地面を彩り、幼児の私にとって、本来であれば、迷わず選び取るべきコースでした。

けれど、四月の中盤から五月にかけてのコース選びは、葛藤と逡巡の限りを尽くさなければ到達出来ない、大きな問題を抱えていたのです。
・・・や、あのう、春になると、カソリック系幼稚園とはいえ、鯉のぼりを、ポールに掲げるので、私は、怖くて怖くて、しかも、裏門から入った後、その鯉のぼりポールの横を通らなければ、正門を抜けた通りに並ぶ豆腐屋さんへは、たどり着くことが出来なかったんです。

まさに、幼児には、地獄比べの相を呈した大問題でした。

考えた末、薄目を開けて、自分の足元だけを辛うじて視界のすべてとする遣り方で、自分と雪平鍋の平行を保ち、お使いミッションを成し遂げようと、その日私は、家を出ました。
多分、その使命をドラマチックに盛り上げるため、「家なき子」や「小公女」、「エルザと白鳥」に「青い鳥」、ついでに「マッチ売りの少女」も、ごちゃ混ぜに総動員し、悲壮な物語の道行きにキリリと表情を固め、ビニイルサンダルで、歩みを進めていった気がします。

「狭き門」を通過し、いよいよ、悪魔の巨魚のゾーンが近づいて来ました。薄目作戦、本格開始です。
「だいじょうぶ、ポール地点、おしまい」
念じながら歩いていた私は、はっ、と、ある盲点に気づかされました。
夕暮れ時は、すべての物の影が、長く伸びる、という理。
びろ〜んと、細長く巨大化した鯉のぼりの影が、オレンジ色に染まり始めた地面のうえに、何処までも踊っているように感じ、その恐ろしい影のダンスから抜け切るまでは、とても長い時間に思えました。
薄目を開けて地面を見下ろしながら行くよ作戦には、まだまだ改善が必要みたいでした。

「お〜い、◯◯ちゃん」
はっとして、声の方を向くと、卒園し、小学生になったお兄さんお姉さん、それから同じ年長のばら組(!?)の友達が数人づつ、園庭の遊具の鉄製アーチ型雲梯をひっくり返して、シーソーにしたり、ぶら下がったり、というワイルドな遊びに興じていました。
「◯◯ちゃん、こっち来て」
お兄さんお姉さんお友達が、皆んなでニコニコして、私を呼んでいます。
「はあい」
嬉しくなった私は、鯉のぼりの影からの解放感とともに、雪平鍋を振りながら、息を切らせて、皆んなのいる場所に走って行きました。
「目瞑って、此処に立ってみて」
お兄さんの声なのか、お姉さんなのか、同い年の子のそれなのか、思い出せないのは、きっと、その逆さ雲梯に集っていた、皆んなの気持ちで出来た音だったからかもしれません。
雪平鍋を足元に置いた私は、言われた通りの場所に移動し、目をしっかりと閉じました。
何度仕掛けられても、この次はきっと、心踊る、楽しいだけの遊びをくれる筈だと思う私は、幼児とはいえ、あまりの人間認識不足でした。
そして、次の瞬間です。
後頭部に衝撃が走りました。
何が起きたかは、すぐに理解出来ました。シーソーの反動がついた鉄の雲梯の横棒が、私の頭を直撃した、というわけです。
目を開けた時には、全員、全速力蜘蛛の子散らし状態でした。誰も戻ってはきません。

後頭部と心の両方の激しい痛みで、園庭で、ひとり、唯々、わんわん泣に続けました。
夕焼けも色を濃くし、屋根の上の十字架の影もまた、長く長く伸び、涙が落下した私の足の爪のあたりまで、届きそうでした。
鯉のぼりは、窄めた傘のように萎み、本体も影も、もう怖くはありません。

「あれ、◯◯ちゃんじゃないの」
尋常ではない幼児の泣き声に、出てきてくれた方がいました。
その声と、白い割烹着姿だけが、今でも記憶に残っています。

しゃくりあげながら、片手に空の雪平鍋、もう片方の手は、割烹着の小母さんと手を繋いで、家へと逆戻りとなりました。
きっと、ずっと何か話しかけられ、慰められていたんだと思います。
並んだ小肥りの小母さんと小さい私の影は、極まった夕陽の魔法によって、遠い世界のヒロイン達のように、ほっそりと神秘的に見え、なにか新しい物語りの始まりのようで、子どもの心は、ふうっと温められ、上向いていくのでした。
空っぽの雪平鍋については、この白い衣の守護女神さまと、私の泣き腫らした顔が、佳きように母をとりなしてくれるだろうと、勝手に安心して、私は、昭和の夕暮れを歩き続けました。
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by chaiyachaiya | 2013-02-25 17:41 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

キッシンジャー補佐官似の神父さまと、グノーシスの叫び

地方小都市ではまだ、幼稚園バスを見かける事が滅多になかった昭和の時分、年長さん(称して、薔薇組!?)になった私は、カトリック系の幼稚園に、紺色の襟に白線が走ったセーラー服の制服を着せられて、ひとりとぼとぼ通っていた。

生まれ月別のお誕生会になると、「神父さま」と呼ばれる、白い法衣を纏った白人男性がやってきて、ホールの演壇にて、ちょっと可愛い日本語で、園児達にお話しをしてくれるのが、何だか、非日常で、緊張を強いられ、落ち着かない気分になる。

話しの内容は、全く憶えていないのだけど、この眼鏡の外人シンプサマ、きっと普段は、同じ日本でも、きっと私なんかが、考えもつかない場所で、多分お日さまがいっぱい射す部屋で、十字架をはじめ白とか金色のキリストさまに関る物たちや、臙脂や焦茶のちょっと黴臭いでっかい本などと一緒に住んでいるのだろうな、と子どもなりに、俗っぽく、ちょっとだけ神秘的な思いを巡らせていたのだった。

後年、テレビで米国のキッシンジャー氏を見た時、黒縁眼鏡のあの神父さまが、年を召されてから突然ポリティクスに目覚められ、補佐官にまで登り詰めたのかと、目を見張ったりもした。

そのカトリック系幼稚園の誕生会では、神父さまから、というかたちを取り、誕生月園児達に、プレゼントが配られた。
しゃもしゃもと甲に半透明な毛の生えた、白ピンクの大きな神父さまの手から渡されたプレゼントの薄い箱を、ドキドキしながら受け取り、その場でそうっと蓋を開け、薄紙を除けると、葉書の3分の2程(写真の通常Mサイズ?)の、淡い白緑色の額縁に入った、幼いキリストの絵が出てきた。
自分の手の甲にとまった小鳥を、うつ向いて慈しむように見ている、という図柄で、ブルネットとブロンドをミックスした、昨今の中高年婦人向けのウィッグのような、彩りと遊びのある筆遣いで描かれたヘアの上には、聖なる光輪が細い半円に輝いている。

以前住んでいた家の、廊下の壁に据え付けた飾り棚に、ずっと立て掛けていたはずの、その幼いキリストの絵は、何処へ行ってしまったんだろう。結構、心慰められていたのだが。

その絵が、キリスト像であってもなくても、幼く賢く優しげな子どもの姿は、【佳きもの】として、胸深く刻まれていった。また、神父さまから、「コレガ オサナイ キリスト デス」と渡されると、やはり何処か胸の奥底で、引っ叩かれたらもう一方の頬っぺた差し出しちゃう、あくまでも穏やかなキリストさま、をイメージして生きることになった。

幾年かの後、神殿で商いをしている商人の陳列棚をひっくり返したり、教えを受け容れない家の戸には、サンダルで砂を蹴りかけてきなさいと言った、等々の、初期の福音書の、猛々しい思想革命集団の主のようなキリストの言動に触れた時、小鳥をみまもる子どもキリスト像との、激しい乖離に、小学校の低学年ながら、何だか、只とっても、シビれてしまった。
そして、ビリビリとシビれた後、キリストは、私の前にひろがる、もやっとした世界の風景の一部分になり、もう立体としてたち上がってくることはなかった。
私は、矛盾の塊のようなモノやヒトに、ついシビれてしまう性を持ち、割り切れて余り無しを不服とするにんげんなのかもしれない。
にしても、なんて早めに達観ぶりっ子してたんだろう。
何事も、いそいそと、諦めてしまうきらいがあった。
いや、真理、神理をきちんと追求する気力がない、怠け者なだけなのだろうか。
実は、総てをナメていたんだろうか。

・・・神ではなく、普通ににんげんだったなら、時には感情を制御出来ずに、小鳥を慈しんだその手で、何かに激しく憤った勢いで、それを行動に移す、を当たり前にして、生きていくことも可能なのだが。

キリストに関る多種多様なテキストは、どのように読み解けば良いのか。(んふふ、苦悩する宗教学者風ですなっ)
ああ、もっと勉強すれば良かった・・・。究極、ほんとは好きな分野だったなあ。
宗教的ポジショントークじゃなく、きちきちと、アカデミックに詰めていけたら、恰好いいな、愉快だろうな、と思う。そういう立場にいる方が、ひどく羨ましい。


突然だが、河合隼雄さんが、確か中沢新一さんとの対談のなかで、
「私はグノーシス派や、ゆうとるんですよ」(笑)
というふうに、言っていらしたのを思い出した。

「私はね、グノーシス派アナーキーなんだぜ」
意味がわかっているのかいないのか、私の浅い知識(や、それは既に、知識とは言いませぬの)と本能で、心の中にかたちづくられた、素朴な、真理の暖かい穴のような祈りの場で、大昔に歴史から消されてしまったグノーシス派の魂を今一度夢想しながら、仰け反って、ちこっと叫んでみる私がいるのだった。
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by chaiyachaiya | 2013-02-22 00:18 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

歯医者さんの椅子とジュヒーの左前脚

私が治療してもらう歯科医は、迷いなく、一気に、ガガガ、ギュイーン、と患部を削る。
「痛かったら左手をあげて下さい」
歯科助手の女性が事前に伝えてくれるのだが、銀縁の眼鏡の奥から眼光ギラリの歯科医の肘が、梃子の支点のように、私の肋骨(胸にあらず)の間に固定されている気がして、身動きが出来ずに、固まり続ける事となる。
また、【痛っ】を幾度も表現した後に、私を待っている事態は、一層瞳ギラリモードに入った件の歯科医よって、歯茎に麻酔を打たれ、歯科の椅子に拘束される時間が長引き、唇が3、8倍くらいに膨張し痺れた感覚で、その日を過ごさざるをえなくなる、なのだな、と想うと、ちょっと耐えてしまうのだった。
意外に頑張り屋さんの自分を、胸の内で、ふふ、と褒めそやしつつ、
「ええと、飲んだり食べたりは、何分後から大丈夫ですか?」
などと、毎回、もれなく帰りに受付の女の子に尋く私なんである。

しかし、家には、もっと我慢強い、小さな生きものがいる。

同じチンチラペルシャでも、ゴールデン、と呼ばれる毛色の猫は、毛質も太く、絡まることなあまりない、と、何かで読んだ気がするのだけれど・・・。
白い毛のうちのチンチラペルシャ、ジュヒーの毛は、極細で、決して溶けないし解けない、綿アメのように、気がつけば、絡み合っている。この種類の猫を飼う時は、部屋の湿度は、うんと低目にして、毛並みの櫛通りを保つように、と記してある、ハウツー猫と暮らそう本も、あったほどだ。
つまり、真冬の色んなウイルスが、湿気で直ぐに床に落下せず、空中を踊り舞いながら、にんげんの鼻孔や口の中に、つい辿りついてしまうような乾いた部屋が望ましいらしいのだ。
長毛種の毛のトラブルを避けるために、飼い主家族のウイルス感染リスクが、ちっと高まっているかもしれぬ。
私の顔面もまた、一層乾いて、カサカサになっていくわけである。ああ。

・・・今年はどうしたことか、冬場、放っておいても、空気は乾いている筈なのだが、ジュヒーの胸の辺りの毛による、白いミクロの繊維で作った石みたいな塊が、幾つも出来ている。
放置すれば、それは近くのほよほよした毛を巻き絡め、一層強固な大玉となり、ジュヒー胸の皮膚は、柔らかな淡い色の薔薇の棘のかたちに、大玉にピーンと引っ張られる、という悲惨な状態に陥るのだ。
「はい、ジュヒーちゃん、痛い痛いのもと、取ってくからね」
わたしは、香箱座りをしているジュヒーの胸の下側に、両手の先を忍ばせ、毛の塊を、少しずつ、ジュヒーの皮膚に痛みが走らぬよう気遣いながら、ほぐし始める。
「ごめんね、ジュッちゃん、はい、痛い痛いのもと、一個取れたよ、もちょっと、取ろうね」
最近はもう、塊取りの始めから、ジュヒーは、片方の前脚を、気弱な年長児の、「はい、先生」のカタチに、やや上に向けている。それも、いつも決まって左前脚なのだ。
「虐められているのではなく、この母さん擬きは、自分にとって何か良いことを、施そうとしているらしい」
多分、彼女は、そう考えてくれている。
猫時間として考えれば、結構長い時を、ジュヒーは、堪えていると思う。
そして、だんだん、
「私だって、出来れば手荒なコトはしたくないのよ」
という表情に変わってくる頃から、彼女は、奥にしまった、コンクパールのような肉球を見せ、左前脚を、緊張感をもって、更にくいっと掲げ続けるようになる。
いざとなれば、私の手を、いつでも抑えたり、引っ掻いたりできるように、そうしているのはわかっているのだが、その張り詰めた面持ちや左前脚の風情は、歯医者さんの椅子で治療中の小さな女の子が、
「あの、痛いので、いえ、痛くなくても、怖いので、左手を挙げています」
と表現しているように見え、ますますもって愛おしいのだった。
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by chaiyachaiya | 2013-02-19 20:37 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

戦争ゲームのあくる日の座敷童子ちゃん

その宿に着いた当日は、夕食の前(ビールを美味しくいただくため)と、真夜中(酒精さんに少しでも体から出ていっていただくためと、座敷童子ちゃんの気配を感じるため)に、館内の温泉浴場へ向かうのが常でした。

或る夜、例によって夜中過ぎに浴場の戸を引きますと、宿で知り合った女性がひとりいらして、湯に浸かっておられました。
ふたりで、これまでに宿で体験した不思議な出来事などを伝えあった後、私の方が先に浴室を出て、脱衣所の引き戸を閉めたとたん。

うら若い女性が柔らかい声で、朗らかに歌う声が、浴室から聞こえ始めたんです。
その女性は、私同様、既に、うら若い、と表現できる年代ではありませんでしたが、ハミングする段になると、グイッと声が若返ってしまう、ちょっとした特異体質なのかもしれない、と感心し、「凄い、可愛いお声ですね」と、声を掛けて驚かそうかとも思いましたが、や、もはや彼女のひとりのリラックス時間に立ち入らずにおこう、と静かに、家族の眠る宿泊部屋へと、廊下を進みました。

部屋では、皆もう寝静まり、テーブルの上に、長男が宿に着くなりちょっと音量も上げて集中していた、第二次世界大戦を模した、戦争ゲームのデータが入ったパソコンが、柔らかい薄闇に、茶筒や、急須、湯飲みなど丸みのある物たちのなか、冷んやり直線的な異物感をともなって、見えていました。

翌朝のことです。
「夕べ、私が出た後、歌を歌われていましたよね。若々しい声で、びっくりしました」
大広間での朝食の際、件の女性に話し掛けたところ、
「は、私、歌っていませんでしたよ。お風呂場で歌う、ってこと、ないんです、私」
「え?」

それから、子らは、もう一度、温泉へと向かい、夫と私は、荷物を纏めながら、部屋にいたのですが。
「ここに泊まって、初めて、悪夢見た」
と、ぽつり、夫が言いました。
「ええっ、ど、どんな?」
「自分が、ヒットラーの側で、酷い戦争の司令官で、最後に負けて、責任取れ、って迫られていた。もの凄く、苦しかった。ここで、座敷童子ちゃんの宿で、こんな夢、見るなんて」
「座敷童子ちゃんの宿だから、だったりして。昨日の戦争ゲーム、童子ちゃんにとって、辛かったのかも。戦争で、早く亡くなった子も、いるのかも」
考える前に、私は、こんなふうなことを、話していました。
「そうなのかなあ」
夫が応えた瞬間。
「はあ〜い」
幼児、というより、もう少しだけ大人びた少女の声が、ほわっと、部屋の空間に響きました。素直で、優しげな音でした。
「今、したね」
「うん、聞こえた、女の子だね」

たまの温泉旅行だし、親たちも、ほれビールださて日本酒だモードと化し、子供たちだって、好きなことを好きなように、としていたのですが、それ以来、宿の部屋では、長男は、例えば「大人の科学」シリーズの、楽しい動きのある工作物を組み立てを仕上げ、操り、二男はプチバルーンを膨らませて飛ばし、私は絵本を読む、という本来のカタチに、戻ったのでありました。

そして、そういった、爆音や、破壊音、阿鼻叫喚と無縁の遊びや楽しみに興じている時に、写真を撮ると、白くて模様のある玉ちゃんずが、いっぱい映り、こちらも、わけもなく、幸せで弾んだ気持ちになっていくのでした。
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by chaiyachaiya | 2013-02-18 19:54 | 座敷童子さん | Trackback | Comments(0)

幾人もの浜矩子さんと輪になった冬の日

あ、すみません。
【1ドル50円】説の女性らに囲まれた話ではないのですが。

中高年の女性向けの筋トレジムで、最近、私の中で、妙に気になることがあるんです。
大阪の橋下市長によって『紫頭オバサン』と呼ばれ、【1ドル50円】説を標榜していた、経済学者の浜矩子さんと、真ん中わけのストレートヘアスタイルだったり、赤紫の髪の色だったり、ふとした表情だったり、お顔の雰囲気だったり、それぞれ、特徴が韻を踏んでいる方が、なんだか、結構いらっしゃるのです。

あの、凛とした、とまで表現していいのか、浜矩子さんの、取りあえず、媚びないカンジの、あのムードで、ジムのマシーンを次々にこなしていく女性達の姿は、見習うべきだ、と思っています。
私も含めて、いわゆる、オバサンといわれるおんな達が、容貌や体力気力胆力の衰えを、笑顔でカバーし、いえいえ、わたくしですか、めっそうもございません、けっこうでございます、それは、若い方に、と遠慮ばかりしていても、仕方がないのではないか、と、だんだん開きなおってきた次第の、寒い季節・・・。

輪になり、向かい合って筋トレマシーンに取り組みながら、浜矩子テイストのキリリとした女性達に包囲される感覚は、なかなか得難く、
「今は逆の方向ですけれど、いずれ、1ドル50円、どうしても、なっちゃうんですか?」
と、どの浜矩子さんに伺おうか、などと夢想しながら、油圧式マシーンに嵌り、へらッと片方の口角だけを上向かせた私の微笑みも、既に、浜矩子さん風味を醸し始めてはいまいか、と、一層のニタリ顏になったのは、筋トレにより、脳から快楽物質が分泌されたから、だけなのでしょうか。
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by chaiyachaiya | 2013-02-16 16:12 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

マスカラと不凍液の間

だから

此処は 地獄と思えば まったりと 地獄

まったくもって 由々しき事態

感情薄め液 あったら いいのになあ

固まったマスカラを 今一度 柔らかくするリキッドは

あるのに

滑らかに戻った マスカラ も一回 ワシワシ塗り重ね

グラマラスに 生きてみませう

でも この思いを薄めたら

酸化した不凍液のように 異臭を放ち

とても もう人様の前には 出られない

私が いる のであった

私は

x線を照射して やっとうっすらと 浮かびあがる

イコンの下書きの 醜い貌の天使
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by chaiyachaiya | 2013-02-15 18:11 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

骨、或いは私の愛の物語 42 デザートガラスの囁き

多分かれらからすれば、わたしは、異教徒の大地からうまれたものなのだが。
違う習いや教えの国のものを奪い、自らの神殿に供えることを、人間は好むらしい。

気の遠くなる歳月をかけて、砂漠に発生し、かたちを成したわたしは、砂漠を旅する民によって、喜びの声とともに発見され、駱駝の背の窪みを寝床にして運ばれ、やがて違う言葉を操り、偶像を奉じる民たちに奪われた。

心ある細工師によって、光りを宿す身の膨らみを、故郷の砂の大地のよすがとして、幾分残されてはいるが、わたしの身は、削られ、かたどられ、わたしの神のものではない金色の神殿・・・教会と呼ばれる場所に、嵌め込まれている。

人の手で作られた、赤や緑のガラスたちの中にあって、こともあろうに、わたしは、聖母、と人びとが呼ぶ者の、蒼い衣の胸の真ん中を飾っているのだ。

長い間、人間の工房からのガラスで出来た女の胸にあるうち、今では時々、自分がガラスという物質なのか、それとも、もしかしたら、なんらかの聖性を帯びた眩い存在となったのか、わからなくなっている。

だが、わたしは、あの美しくて浅はかな王子をみまった悲劇に、王子の一族から、どんなに祈りを捧げられても、昼は陽光を、夜には蝋燭の光りを受けて、聖母の最後の乳のような、淡くて緩い光りをなげ返すことしか出来なかった。
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by chaiyachaiya | 2013-02-15 13:12 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

骨、或いは私の愛の物語 41 ラッレの旅

そう、そのふたつの黒い瞳に気がついた瞬間、多分、僕のこころは、半分まだ継母の呪いのなかにあったらしい。
瞳の持ち主を、同じ人間として捉えられなかった。野生の生きものの仲間のような気がした。僕とおんなじ、翼を持った、でも、僕より少し濃い色の肌の、混じり気のない命が、其処にいるようだと思った。
『おまえは、何処から降ってきた?』
並んだふたつの黒曜石の瞳が、尋いてきた。そこには、僕が昼も夜も人間だった最後の日の、夕刻のひと時に見た、名残りの赤紫の光りが映っていた。
『おまえは、敵か? 此処を、滅すために、遣わされた者か?』
既に、その少女は、手近な樹の枝を折り、僕が起きあがれないよう、肩先に突きつけている。
僕も、彼女に習い、瞳で、伝えた。
『違う。此処は僕の知らない土地。ある者の呪詛と、自らの無知により、奇妙な旅を強いられてる。僕はただ、自分の在るべき場所に戻り、物語をただしたいだけなんだ』
よけいに、枝の先が、肩に押しつけられた。
『調べる』
少女の真っ直ぐな髪が揺れ、僕の鼻先を掠めた。森の葉と、樹に咲く白い花のにおいがした後、僕は気を失った。

夢のなかで、僕と少女は、もっと緑の濃い、鬱蒼とした生きものの世界で、小さな蟻となっていた。
そして、とっても、お互いを、大事に思っていたんだ。
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by chaiyachaiya | 2013-02-15 12:26 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

溢れ落ちたタピオカと「後日の話」

河野多恵子さんによる「後日の話」が掲載された『文学界』を、私は、ずうっと大事にとっておいたはずなのですが、何処へやってしまったんでしょう。ふと再読したくなり、夕べから、書棚や心当たりのある場所など、あたっているにもかかわらず、未だに見つけられずにいます。

読後に、流石、河野多恵子お〜っと、と、実際に唸り声をあげた記憶のある「後日の話」は、物語のはじまりの頃、統一される前のイタリア、トスカーナの小都市を舞台にし、新妻エレナのカラスミ作りの過程など、当時の暮らしを、細かく描いています。
作家の筆のちからに、ついつい惹きこまれ、鼻先に鯔の卵のカラスミの匂いや、登場人物たちの衣の質感に始まり、田舎の藁の臭い、日差しを受けた十字架の陰翳、街に響く子らの戯れる声、などなど、イメージが広がっていく頃には、物語と私は、抜き差しならぬ関係となっていました。

その時代の、分立していた共和国や公国の法に従い、これまでの日常は、唐突に断ち切られ(夫ジャコモは、斬首刑)てしまうのですが、エレナの内面描写は、ジャコモ斬首以前以降の関係なく、ナット ソウ エモーショナルに、時間を追い、丹念に綴られていきます。
何故か「平家物語」を想い出し(「平家物語」も、あまり【かなしい】や【口惜しい】の心情吐露を連発ぜず、淡々と事象を追うことににより、いつしかひたひたと、無常やあわれに似たものに迫られてしまう、と思うのですが)、河野多恵子さんが「後日の話」の調子で描いた「平家物語」というものがあったなら、いいな、是非読ませてくださいっ、と勝手に願ったものでした。

あ。・・・私の〔タピオカの踊り〕における後日談、『後日の話』なのですが・・・。
女性の客人へのデザートのために、日曜日の午前中、鍋の湯を上下するダンスを、はらはら感たっぷりに堪能させてくれた、可愛いカラータピオカちゃんたちが、食卓のステージに立つことは、なかったのであります。

久しぶりに作った三種類のインドカレー(ラム、キーマ、カシューナッツのペーストと海老)を食べ終え、“さて、いよいよ、タピオカちゃんだっ、パステルカラーの澱粉のちっちゃい玉ちゃんず、見てるだけで楽しいぞっ、ルンっ”
と、準備を始めようとしたところ、
「あ、すみません。私、タピオカ、ダメなんです」
と、アラン・ドロンの恋人だったフランスの女優ミレイユ・ダルクに、特に鼻先の雰囲気が似ている、彼女がぽつり。
「え?」
「あの、正体不明で、もちもちっとした歯触りのもの、苦手なんです」

そこからは、苦手なものカミングアウト(?)の集いとなりました。
「いわゆるエディプルフラワー、お花なのに、食べられる。菊の花のおひたし、ああ、無理です」
「アスパラガスの茎はいいんです、でも、穂先は・・・口の中で、先っぽが解れていく感覚が、ちょっとつらい」
「ああ、カモミールのお茶、カモミール風味入れたパン」

ビールにカヴァやサングリアの杯を重ねても、頬に色がさすことのない彼女に、尋いてみました。
「レモンハート、っていう、75、5°のラム酒、アルコール度数は凄いけど、超まろやか。飲んでみます?」
「あ、ラムは、飲めなくて」
そういえば、ラム酒に漬けたレーズンやフルーツの混じった甘いチーズにも、彼女は、その薄くて桜色に透明な爪先の指を、伸ばしていませんでした。リサーチ不足な、招き主の私なのでありましたあっ。

会話のなかで、気づいたのですが、私には、苦手な食べ物ということで、思い浮かべられるものはなく、
「え、苦手なもの、怖いもの、鯉のぼり、なかでも、黒い真鯉に真っ赤な顔の金太郎さんがしがみついてるのとか、鰭に黄色い色塗ってあるの、ああ、映像的には、伝統的な鯉のぼり作りの仕上げに、川の清流に浮かべるようにして、洗いをかけてるとこ、もう、気絶しそう」
と、答えるのがせいぜいです。

食べ物の好き嫌いのない、私ってば、結構良い子、などと自己評価を上げながら、眠りについた月曜日の夜。
私の意識は、ちょうどタピオカ粒のような、無数の魚の卵たちが、記憶の海のなかを、さらさらフワフワ、何処までも流れ広がっいくように、薄れていきました。

気がつくと、山あいの河の流れに乗り、何故かサーフボードで河下りをしている私がいます。ウエットスーツにピタリと身を包み、上体の捻り具合もサマになっていて、水飛沫をあげながら、ヒャッホ〜と、喜び叫んですらいました。

ああ。ですが。やっぱり、来ましたか。

背後から、いつの間にか、いく匹もの、赤い肌の金太郎さん騎乗状態の鯉のぼりたちが、凄い速さで、追いかけて来ました。ダイナミックに川面をジャンプして迫ってくる、金太郎&真鯉のチームもいます。
間近に迫られ、視界の横に、その怖いものたちが、入ってきました。立体となって、鯉のぼりに跨っていたはずの金太郎は、ただのプリントされた図柄に戻っています。けれど、鯉のぼりが怖い私には、むしろその方が、恐怖です。
迫りくる金太郎&真鯉たちも、そのことを百も承知で、姿を変化させているようです。

そんななか、川の縁に、飼い猫のアビや、ルー、ジュヒーまでいて、こちらを向いているのが見えてきました。けれど、どの猫も、飼い主かあさん擬きの危機的状況を目の前にして、しら〜、と冷静な御様子。
「ああ、この事態を、さしあたって、止められるのは、君たちだけでないのおっ」
夢のなか、前のめりにサーフボードに跨った私は、何らかの強迫観念がカタチを成したものに、追いかけられながら、猫らに、一縷の望みを繋いでいたのでした。
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by chaiyachaiya | 2013-02-13 12:42 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)


猫と日常と非日常
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