ふみちゃこ部屋



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踊る大黒天と、ナイトメア アフター クリスマス

ある程度古いマンションの、わりと上の階に、私は住んでいるようだった。
間取りはゆったりしていて、床の間のある和室の畳が緑の色味をすっかり失っているのは、南向きで日当たりの良い証らしく、部屋の空気は、卵黄をたくさん使ってまとめた新しい和菓子のように、僅かな違和感を含みながら、どこか、懐かしい。
父母は、いつの間に、このマンションに、引っ越したんだろう。
気配があり、話し声も聞こえているのに、父も母も、私の目には見えないままだ。
いや、私は、何を根拠に、この場所を、自分の家だとしているのだろう。
とにかくまず、両親を探しあて、この目で確認しなくては。

「あっ、大黒天。大黒天様の置き物」
昔から私の家の床の間にいらした、後頭部に小銭を射しこむ穴が空いてはいるが、貯金箱には見えないつくりの、高さ40cm程の大黒天さまが、このマンションにもいる。床の間で、以前の家にいた時と同じに、激しい笑顔で、立っていらっしゃる。
つまり、彼がいるということは、ここは、私の家で、いいんだ。
私は、床の間のその目出度い置き物と視線を合わせようとして、身を屈めながら近づいた。
その時、ぶわん、と、手脚が伸びた達磨さんの風情で、等身大(この場合、私と、ヒンデイーフイルムで、ヒーローとヒロインのダンスが出来る状態)まで巨大化した大黒天が、これまで通りの怖いくらいの笑い顔で、畳に降り、私と向かいあった。細い手脚だが、関節は、私よか、柔らかそうだ。
えええ。
思わず仰け反った私は、よろめきながら、横へとずれた。
正面の大黒天は、私のアクションを、そのまま、そっくりに演ってみせた。違うのは、私の表情が引きつっているのに対し、彼は、凄い笑顔を、私に向けている、ということだけ。
ちょっと不気味だったけれど、乗り越えられる程度のコワサだと思った私は、大黒天とのダンスに興じ始めた。
私の拙いダンスアクトを、大黒天が、滑らかで洗練された、ややヒップホップのにおいすらする動きに昇華させ、見事に踊ってみせる。その笑顔には、柔らかさが加わってきた。
ありがとう。大黒天。私、楽しい、楽しいよお。
「ぐあはははは」
と、大笑いした自分の声で、目が覚めた。

実家をたたむ際、あの大黒天様は、小銭を足裏から抜かれた後、博多人形や日本人形達とともに、私によって、廃棄物とされたのに、こうして、夢のなか、現れてくれた。ああ。

今年のクリスマスの次の日の夜の夢は、こうだった。
今住んでいる家の二階から、リビングにいる私の耳に、多国籍な人々の声が、ちらほら聞えてきた、と感じた瞬間、コサックダンスのチームや、インドのパンジャビー系から、オリッシーダンサー、リオのサンバチーム、ベリーダンサー、チアリーディングの米国女子団、ジェンベを抱えたアフリカの若者達、バイキング集団、バッキンガム宮殿の衛兵さん達、英国の木こり集団、中世スペインの宗教裁判官(ああ、だんだんモンティ・パイソン臭がしてきた、と夢の中でも感じました)などなど、な皆さんが、それぞれ極めつけのコスチュームを身につけ、「これからお楽しみだいっ」というノリで、階段を、がやがや駆け降りては、リビングの横を通り、どやどや玄関から外へ出ていく。
出口横の一室に私がいることは、彼らの意識には関係なさそうだし、自分らの出自や存在理由など、考えるヒマなど、益々ないようだが、ともかく、うちの二階では今、人種国境宗教の壁を越え、歌舞音曲系の楽しい人々が大量発生しては、賑やかに、楽しげに、世界に拡散しようとしている。
「うきゃきゃきゃきゃ」

またしても、自らの笑う声で目覚めると、朝方の薄闇のなか、緊張で身を硬くしたアビシニアンが、心配そうに、私の顔を覗きこんでいた。
アビにとっては、眠りのなか、夢に取り込まれた私の様子は、充分に、ナイトメアの領域に属していたようだった。
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by chaiyachaiya | 2012-12-28 17:41 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

夢のなか、眠る私と、ディズニーアニメの夜空

まだ実家というものがあり、父母も鬼籍に入っておらず、健やかだった頃から、夢のなかで、実家に電話をかけようとすれば、黄緑色の公衆電話が、ヌメヌメした巨きな蛙に変わったり、番号を押そうとする自分の指が、細い枯れ枝になったり、電話ボックスのドアの下から、虎の前脚がはみ出ていたり、さんざんな思いをしていた。
恐怖感は伴わず、只もどかしく、切ない気持ちで、公衆電話と対峙しているうちに、目を覚ますのが常だった。
多分、私のなかで、父も、母も、いずれ、そう遠くない時期に、損なわれていく存在、という諦観、或いはある種の予感が、強くあったのだと思う。
実際、想わぬかたちで、私は、親というものを喪ったのだが、考えてみれば、「大往生で、想うかたち」で、親を見送れるひとばかりで、世界はできていないだろう。

今はもう、かたちの無くなった両親の家も、家の建っていた通りごと、あり得ない姿をとって、夢のなか、たち現れる。

街全体、どの家の外壁も内側も、艶のある明るい色の木材が貼られている。迷路に似た夕刻の街を、高校生の私が、下校している。「ただいま」と、玄関を駆け抜けると、そこは能の舞台であり、システムキッチンの展示場でもあって、父母の気配は感じるのだが、姿を見ることが出来なかったり。
一階の階段の下を潜ると、光りに満ちて暖かそうな寝室が、実はもうひとつあり、ふかふかの布団から、父が幸せそうに微笑みかけてきたり。
二階にも、新たに、光溢れるワンルームが存在していて、ゆったりとした時間が、そこに居る父母のまわりを流れているようで、漠とした不安は残るものの、ほっとする私がいたり。
ある夜の夢では、両親の部屋は、床も壁も天井も、無色透明な強化アクリルかガラスで出来、街を見降ろすかたちで、上空に浮かんでいた。透明な部屋には、ベッドがふたつ並んでいて、父母は、それぞれのサイドテーブルから、耐熱ガラスに注がれた、ホットブランデーを飲んでいる。グラスから、熱い飲み物に沈んだクローブの強い香りが、湯気とともに漂い、私の鼻先にくっきりと届いてくる。
テーブルの上のランプのシェードは、タイのムガシルクを想わせる金色に、ゆるやかに輝いている。
クリスタルのような父母の家から見える、街のイルミネーションが、藍色の夜空と海のあわいを、夥しい数の銀色の粒で立体に編み合わせたように見せていた。
私は、夜景に心奪われ、所在無く、立ち尽くしながら、『そうそう、これが本来の両親の部屋、本当の父母のあるべき状態』
と、胸のうちで、ぽそぽそ、呟いている。

或る夜、今はもう存在しない自分の部屋が舞台の、こんな夢を見た。

ストレッチャーのような幅の狭いベッドには、私が、眠っている。
その傍に立った私が、私を、抱き上げた。
目を瞑った私の顔もからだも、その特徴は、私だという証に、本当に私そのもの。骨や肉付きの感触にも、覚えがあった。私は、起きている時間には、決して感じることのない愛しさを、眠る私に感じると、気分が満ちて、再び、反応のないこの人物を、仰向けに寝かせた。
横たえられた私は、瞼にレム睡眠の動きを見せるわけでもなく、微な寝息をたてることもなく、静かに眠り続けていた。
ふと、窓を見遣ると、夜の時間らしく、青みを帯びた闇が、うっすらと揺らめいている。
それから一瞬の後の、窓の外の光景に、私は目を見はった。
カーテンを開いた私の前には、デイズニーアニメ「シンデレラ」の、舞踏会が催された城の背景のブルーに染まった、どこかほんのりとした月の光が潜んでいるような、青い街が、広がっている。
あ、違う。そうじゃない。
街が、青く透明感を増し、刻一刻と、平面のセル画みたいなものに変じつつある。

音がなく、怖いが、美しい。

夜の空に続いて、やがて月も、星々も、街の外側の丘陵も、緑の樹々も、花ばなも、鳥たちも、犬達、猫らも、家々も、父さん母さん、友達、そして眠る私も起きている私も、等しく、青みがかったアニメーションになってしまうのだろうか。

なんだか心安らぐようにも思えるのだが、・・・。
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by chaiyachaiya | 2012-12-26 17:21 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

クリスマス、へータレさんヴァージョン(;゜0゜)

ううう

一瞬でも気を抜いたなら

崩れていく わたしのこころ

気の悪い話しは しちゃ~ いけません

マイナスな事項など 口にしちゃ~ いけません

今の状況を呼んだのは

あなた自身の前世からのカルマなのです てか

ううう

スピリチュアルさん こんにちは そして さようなら

わたしがもし 歌がめちゃくちゃ上手だったとして

ファーストアルバムのタイトル 決める権利あったとしたら

「アイム ナット スピリチュアル」

て タイトルにする 心づもりです

世間では クリスマスみたいですが

わたしは 弱気でぐずぐずな わたしに 乾杯 することを

誓います
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by chaiyachaiya | 2012-12-25 23:07 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

悲しみを埋めるためにではなく

喜びのためにではなく 悲しみを埋めるために

日々

時間と労力を使い尽くす 飽くことなき忌わしい習わし

でも

そんなふうにしてしか

何かを生みだすことも つくりだすことも

出来ないのだよ と 声高に

子ども達の通る路地を

隈なく説いてまわる人びとがいた

今は彼方 そんな人びとからの

幼い胸のど真ん中への 暗い彩りの置き土産

荷ほどきするには 分厚い専門書が要るらしく

もとより 違う国の言語で記されているともいう

だから 子どもの私は

真っしぐら 駆け逃げていきたかったのだ
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by chaiyachaiya | 2012-12-24 14:08 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

やがて悲しき昭和の母子猫

作家の坂東眞砂子さんが、日経新聞に載せた「私は子猫を殺している」から、どれくらいの時が経っただろう。
殺害方法が、ざっとではあるが、具体的に記されていたため、タヒチの崖の上から、猫の赤ん坊を放り投げる側の瞬間と、空中を落下した後、ぐしゃり葬られる小動物の側の一瞬が想われ、事の善し悪し以前に、知覚過敏の歯で、巨大な氷の塊を齧ったように、取り敢えず、ゾクリとなったものだ。

昭和の真っ盛りの時分、近所のおじさんが、山菜採りの成果を語るのと同じ調子で、言っていた。
「うちの猫、大きくなってきたら、卓袱台にしっぽが触れて良くないから、先週鉈で、しっぽ切り落とした。でも昨日あたりから、もう、元気さ」
「また産んだから、子猫達、ダンボールに詰めて、川に流してきた」

そこには、あまりに揺るぎない、生きものを飼うのは、役に立つ、或いは、ニンゲンのなんらかの無聊を慰めたりもする、からで、ニンゲンさまの都合100%、ペットの健康保険、そりゃ、何でしょうか? 飼いにゃんこ、飼いわんこ、小鳥に中型鷄、生かすも生かさないも、餌をくれて居住させてるこちらの腹づもりひとつ、という考えがあった。

そんな昭和の或る日の夜、私の布団の足許あたりから、ピニャピニャか細く鳴く声が聞こえてきて、ふうっと目が覚めことがある。
正体は見えないが、このピニャピニャ音は、小さな命達の出現をあらわしているのだと、理解出来た。
「私の足から、・・・赤ちゃんが、・・・生まれたらしい」
夢うつつ、幼児の私は、自らの奇妙な運命を受け入れながら、うとうと、また眠りにおちた。

「足から赤ちゃん生まれた、生まれたよう」
朝一番の私の叫び声に、父母が飛んできて、私の布団を足許から捲った。
飼い猫のミミが、出産の場所として、私の布団の、毛布と掛け布団の間を、選んだ結果だった。
飼い主のニンゲン達に、出産と、さしあたっての子育ての場所を暴かれても、三毛猫ミミは悠然とかまえていた。

だが、ニンゲン飼い主は、ややあって、子等がまだ最初の毛替わりの季節を迎える前に、冷酷にも、ミミが命を懸けて産んだ可愛い子らを、山道まで運んで放逐した。

それから幾月か過ぎた或る日、筋向いに住んでいる、清酒黄桜のテレビCMに出てくる、小島功さんの手による色っぽい河童の奥さんに、御顔も体つきもそっくりなバーのマダムが、見覚えのあるちび猫を胸に抱いて、私の家にやって来た。まだ若いマダムの、レモン色のミニのワンピースの姿が、非日常の美しさとして、夕刻の西日を背景に、今でも鮮烈に記憶に残っている。
「この子、お宅で飼っていた、猫ちゃんよね」
真っ直ぐなマダムの瞳は、やや鳶色に透けて見えた。

猫を受け取り、父母も私も、途方にくれるなか、ミミが、我が子のもとに駆け寄ってきた。
母猫と、既に野良として歩み始めていた子ども猫は、一定の距離を置き、向かいあって座った。
一定の距離を置かせたのは、子ども猫のほうである。母猫ミミは、すぐに子どもの毛繕いを開始して、溢れんばかりの愛情を伝えたがっていた。
「シャ~ッ」『近づくなっ、お前なんか、知らねえ』
「にゃ~おう」『お前は私の子、私たちは、母子なんだよ、私の可愛い子』

「シャ~ッ」と「にゃ~おう」の悲しい応酬は、音階の調子を微妙に変えながら、一晩中続けられた。

朝日がさす頃、ミミは、諦めて、その場に蹲った。
ミミの子は、父が玄関を開けると、ひょい、と出ていったまま、二度と戻ってくることはなかった。

それからほどなくして、再び繁殖のシーズンを迎え、恋に走ったミミは、家の前で、車に飛ばされて、逝ってしまった。

私が死んだ振りをして俯せに倒れると、傍に来て、私の顎のあたりに鼻先や肉球をくっつけて、いつ迄も様子をうかがってくれていたミミが、冷たく硬くなって、もう、動かないのだった。
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by chaiyachaiya | 2012-12-21 21:00 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

虹色の氷と、髭無しフレディ・マーキュリー

カイくんを探して、ゲルダちゃんが辿りつく最終ステージである、「雪の女王」の城は、氷で出来ているのですが、子供の時分、クリスマスイブの夕刻、NHKで放送された、多分BBC制作版「雪の女王」の人形劇を見た私は、色んなマテリアルを使い、照明に工夫を凝らして表現された、透きとおって輝く女王の住まいの、硬質な美しさにに心奪われ、物語の行く末など、もはやどうでもよくなっていったものでした。

透明感をともない、光彩を放つものへの私の嗜好の強さは、幼少のみぎりからで、近所の時計屋のおじさんがくれた、世界の宝石カタログ本のような、薄い小冊子のページの、オーバルカットされたメキシコオパール、サファイア、ルビー、エメラルド、猫目石、翡翠、トパーズ、アメシスト、そしてダイアモンドなどを、印刷された宝石の輪郭に沿って切りとり、大切に持ち歩き、時にはズラリとひろげて見せ、相手がおとなだろうが子どもだろうが、
「ねえねえ、どれが一番好き? 次は? じゃ、その次は?」
などと、しつこく問いかけ、おとなにも子どもにも、煩がられた記憶があります。

陽光を受けて、透きとおりながら滴り溶けていく氷柱に見惚れているうち、氷柱の王国があったなら、氷柱で出来た城を居住空間にしたい、というより、氷柱の内部に、自分も透明な氷柱成分の一部となって、ありたい、という思いが湧き、想像しては一層うっとりしていたものです。
ほどなくして、水晶という鉱物を初めて目にした時は、
「見つけた、あった、私のおうち」
と、心のなかで叫んでいました。

クリスマスシーズンの溢れるイルミネーションに誘われ、厭世幼児のタマシイが、ふらふらと、虹色の光りを求めて、彷徨いだすようになったようです。

それから幾年か経て、私にとって、クリスマスといえば、英国ロックバンド・クイーンのニューアルバムがリリースされる季節、という認識に変わっていきました。
マッチョを標榜する以前の、口髭無しの、長髪に、ニジンスキータイツのフレディ・マーキュリーの頃です。

これらそれらが、意識の袋小路で逃げ場なく混じりあうのでしょうか、クリスマスが近くなると、毎年、とまではいきませんが、ある種パターンを踏んだ、例えばこんな夢を見ます。

雪に覆われた街の高台に建つ、氷の宮殿に、ちゃんと、私が、いるんです。
壮麗な氷の建物の、天井も壁も、螺旋階段も、自らきちんと虹色に発光していますが、その色味の変化は、緩やかで、あくまでも自然な感じです。
私は、ととと、と螺旋階段を城のエントランスまで駆け降りると(不思議なことに、氷は、透きとおってツルツルなのに、急ぎ足でもまったく滑りません)、下界の雪の街に向け、空を飛びはじめました。
街では今、夜の時間が流れています。
歴史のある街のようです。
背の高い時計台や、聳え立つ幾つもの教会、大きなアーチの橋、アパートメントも、新築されたものは見当たらず、古い商家の屋敷を再利用している趣です。
「あっ‼」
眼下のアパートメントの最上階の一室の窓が、開いている。
その窓辺に立ち、空飛ぶ私に、にこやかに手を振っているのは、マッチョになる前の、髪の長い、フレディ・マーキュリーではないか。
あああ。なのに、この飛行は、私の意のままにはならないようだ。
私はそのまま、大気圏外まで、夢のキングダムの神の意思により、飛ばされたのだった。

神様、またクリスマスが近づいて来ました。
今年、もしまた、これに類する夢を見る運命にあるのなら、せめて私を、モンセラート・カバリエとして登場させ、「バルセロナ」を、虹色の氷の宮殿ステージで、髭無しフレディと一緒に熱唱させてくださいまし。
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by chaiyachaiya | 2012-12-19 20:49 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(2)

へータレさんの改心と、ジュヒーの頬

へータレさんは、この頃、近年にない酷い落ち込み症状を呈し、しくしくすももさん(へのへのもへじ、の要領で描けば、打ちひしがれた泣き顔が現れるらしいのですが、上手く出来ない私にとっては、地方?都市伝説みたいな感じです)として、生きていました。

猫らへの、MAX猫撫で声による語りかけも、減っていたのでしょう。
へータレ・コイジア、或いは、しくしくすももさんの眼から零れる塩水のにおいも、好奇心に満ちているけれど、昨日と違う今日が苦手な猫らに、かなりの不安を与えたのかもしれません。
救いのソファー島は、猫らの爪研ぎアタックにより、ぼろぼろで、海原にさまよい出たとたん、浸水して、沈んでゆきそうです。

外に出てひとと接する時は、「おだいじに」と言われぬ程度のテンションを保っていますので、お家に帰って、玄関ドアを閉じたとたん、安心して、ぐったりしたり、眼から塩水の流れるに任せて、時々は、ひくひく肩など震わせちゃいまして、心おきなく、我が身を憐れんでいたのでした。

最初に、それに気づいたのは、二週間ほど前だったように思います。
チンチラペルシャは、お顔の毛なみもほわっとしているため、角度によっては、まったく、それを認識出来ませんでした。
けれど、ジュヒーの右横に視座をずらした時、彼女の大きな瞳のすぐ下の頬が、ぬめぬめと血の赤で濡れ、毛が無くなっているのがわかりました。左の頬は、かろうじてぬめっていない様子ですが、薄ピンク色の頬の皮膚が、疎らになった毛なみの奥に、透けて見えています。

知人に、頬の毛なみと皮膚を損傷したジュヒーの画像を見せたところ、
「両方の頬なのね。これとまったく同じ症状になったうちのダックスくん、動物病院で診てもらったら、虫歯に歯周病のせいで、頬の皮膚までやられて、この写真のネコちゃんと同んなじ。全身麻酔で、左右の奥歯、二本づつ抜きました」

へータレさんは、しくしくすももしている間もなく、ジュヒーをキャリーに詰めて、いざ、かかりつけの動物病院へ、車を走らせました。全身麻酔で抜歯された後、お口や体調がおもわしくなくなった、可哀想なジュヒーを想い、それから、手術前後や費用のことなど、現実的な事柄が、じわりと輪郭を露わにしてくるのも感じました。

すぐに患部の皮膚細胞の検査がおこなわれたのですが、出た結果は、私の思い込みの外にありました。
「虫歯もないですし、黴も、ウイルス、菌の類も出ていません。何らかのストレスによる、免疫力の低下によるものでしょう」

そう言えば、私が、気の悪い、マイナスな文言を口にする度、ジュヒーは、ビクッと身を固めたり、時には部屋を出ていっていました。
夜になってもソファー島から出られずに、漂流している時、彼女は、ソファーの背もたれの上、香箱座りの体勢で、私と一緒に朝を迎えてくれていたのです。アビもルーも、暖かい寝室のベッドへは向わず、私の傍で、夜を明かしています。

ふと見遣ると、アビの左目の上には、赤いドットが出来ていました。
ああ。
私が、へータレさんを返上しない限り、猫一匹、守れないのだな。
あれよあれよという間に、猫らの心身が、健やかでなくなってしまうんだな。

難しいけれど、やってみる。
猫らのため。
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by chaiyachaiya | 2012-12-17 15:29 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

いま一度、昭和の子どもSF「砂のあした」

【ぽっぺん先生】シリーズで知られる舟崎克彦さんのエッセイ集「これでいいのか、子どもの本!!」の対談のページに、1960年代、小沢正、井上洋介、という言葉を発見した私は、本棚を目指して階段をかけあがり、「砂のあした」の、1969年度初版本を、久しぶりに手にしました。

小沢正・著/井上洋介・絵 の子ども向けSFの表紙絵は、空と雲のした、広漠とした砂の大地に、まるで王家の谷の、ツタンカーメン王墓への入り口のような、地下への階段があり、そこを主人公のススムくんを先頭に、子供たちが地上の砂世界に向けて上っている場面、背表紙のほうは、砂に変化中か、砂からにんげん状態へ復帰中なのか、下半身、或いは顔だけ残して、砂と一体化している子らが描かれ、一番大きく描かれているススムくんの瞳からは、涙が零れています。

実際、「砂のあした」は、表紙絵のインパクトを裏切らない物語、作品でした。普通の意味でのハッピーエンドを迎えたのではなかろうと思われます。それまで読んだ冒険活劇とは、まったく趣きが違いました。
未体験の展開と、ちっとも可愛くない挿絵に、すっかり私の心は捉えられ、心踊らせながらページを捲り、めくるめく物語世界にいざなわれたきり、この子ども向けSFは、何十年経ようと、今も、私の心の辺境の、なくてはならない砂だらけオアシスです。

私が、本屋さんで、この本をねだった時の、母から同行を頼まれていた叔母の、厭そうな表情を、覚えています。それは、「砂のあした」が表紙絵からして児童書なのに不気味で嫌だ、というより、「小公女」でも、「赤毛のアン」でもない、こんな本を選び欲しがる、意志を持った、姪という小さい生きものへの、嫌悪だったように感じます。

数日前、テレビのニュースで、カナダかどこか、白人がマジョリティである国の話題として、放送されていたのですが・・・。
「童話って、幼くて純粋な子供に読み聞かせるにしては、怖い魔物や怪物が出てくるし、ストーリーも刺激的で残酷に過ぎるものが多く、子供が夜泣きしたりだから、ストーリー展開をやわらか版に変更して読んであげている」
ブロンドヘアのお母さんが、小さな男の子の横で、こんなぐあいに話していたのでした。

えええっ。
怖い魔物、怪物、刺激に残酷。これらに類する事柄、事態から無縁の【一生涯ゆりかごから墓場まで、真綿のよ~に柔らかく暖かな生】を送れるひとは、滅多にいないと思うのですが。

予め、童話や絵本、物語によって、魔に属する者たちとのお目通りを済ませておくことは、良いことだと感じてきたのですが。

ひとは、外からの魔、内なる魔、そしてそれらの絡みあう想定外だらけの物語性に満ちた時間を、宥めたりすかしたりしながら、折り合いをつけて、なんとか生きていかなければいけないようですから。
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by chaiyachaiya | 2012-12-16 13:17 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

ヘータレ・コイジア、或いは優雅なる怠慢

塩野七生さんの「チェーザレ・ボルジア、或いは優雅なる冷酷」って、タイトルだけでも、くらくらっと陶酔感を覚えた記憶があります。
読後に、行ったことのないフィレンツェの、訪ねた覚えのない華麗なる館の一室で、窓からの光りを受けて、チェーザレさんの口髭の先が、虹色に輝いているのを、多分侍女かなにかであろう私が、傍からぼんやり見ていました。もう二十五年もムカシに見た夢の話、ですけれど。
せっかくの夢なんだし、私ももちっと若かったのだから、美しい妹ルクレテイアになって、お姫さまダンスに興じている場面でも良かったのになあ。
窓辺に立つ、動きのない地味な状態のチェーザレさんに、益々もやっとした召使いな私、という、ドラマ性のかけらもない夢なのでした。ああ。

すべての夢は、魂の自己治癒、癒しなのです、と書物に記されてあったりしますが、地味チェーザレと、もやっと侍女のふたりは、無意識の世界の、何の象徴で、私の魂のどの部位を、お直ししてくれたんでしょうか。ちなみに、チェーザレさんの上半身の装束は、緑と金色。手間の掛かった絹の膨れ織で、間近で見たのですが、それこそ優雅でした。

唐突に、「へータレ・コイジア、或いは優雅なる怠慢」であります・・・。
へータレさんは、日々ヘタレとしてのスキルアップに邁進し、そのヘタレ魂のステージは上昇気流に乗りまくってるったらありゃしない。
生まれ落ちた時分から、恒常的にヘタレ状態だから、ヘタレていない時の人生の遣り過ごし方がわかりません。
このへータレさん、自分が置き物になって、古い角部屋に捨て置かれていたり、ひなびた博物館(?)に、巨大なスタチューとして、安置されている夢を見ます。
折にふれ、くったりと動きが止まったきり、微動だにしなくなるへータレさんの特性、優雅なる怠慢、を象徴してもいるようです。

いかん。いかん。へータレさん。

のろのろ、よろよろ、へなへなと、立ちあがりましょう。
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by chaiyachaiya | 2012-12-11 14:45 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

お花畑より

あなたは だって、お花畑で 笑っているじゃない

と ひとびとは言う

ああ このお花畑は、トリッキーでね

お花畑のお姫様の 下半身は 泥の中

色んな 毒虫とか 水辺の不思議な生き物とかに

いっぱい包囲されて

それらのものどもからの分泌物が お姫様の心身を 蝕むのだけれど

見ていて

彼女は 泣きながら笑って 乗り越えるから
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by chaiyachaiya | 2012-12-08 21:04 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)


猫と日常と非日常
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