ふみちゃこ部屋



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骨、或いは私の愛の物語 37 ラッレの事

祖母が絶やすことなく、棘のある葉を乾燥させていたイラクサのお茶は、血液を浄化する。伝わる紋章も、イラクサを象ったものだ。
でも、イラクサの花言葉は残酷。
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by chaiyachaiya | 2012-09-29 23:14 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

骨、或いは私の愛の物語 36 ラッレの事

「あなたは、ぽかあん、と空を見上げていたね。イラクサではなく、ツメクサを摘んでいた。白ツメクサのなかに、時々少しだけ混じっている、桃紫色のツユクサを探して摘んで、花の王冠を編むのが、あなたは好きだった。
だがやがて、城から飛び去る白い鳥の数を数えたあなたは、ブルブル震え出した。」
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by chaiyachaiya | 2012-09-19 22:04 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

骨、或いは私の愛の物語 35 ラッレの事

「この窓の高さは、ちょうど、継母から、鳥の姿に変えられ、飛びたっていった、冷たい城の広間の高さと同じ。あなたの遠い記憶が、再び、この高さの部屋を選んだんだね。」
ラッレが、また意味のわからないことを言う。
ラッレ。美しい気狂いの闖入者。
「あの物語は、僕らの物語。語り伝えらているような終わりじゃなかった。あなたは、ひとりそれを悔いて、僕らの物語の領土から、滑り落ちていった。」
ラッレの瞳には、虹のような涙が粒立っている。
きれいな気狂いの涙は、それはきっと、甘みのある物語の果汁。舐めとったなら、酸味と、早くも、腐敗の兆しが、私の舌を刺してくるだろう。
けれど、「私」の証は、何処にもない。
私はこの街から出たことがない。アパートメントの下に張られている市場の少女は、私の記憶の始まりから、歳を重ねた様子がない。
小さな居間の窓からは、青紫の海が見え、日没には、夕陽の色と光で染めあげられる。時には、激しい風や雨の洗礼を受ける。
時は、どんなふうに、流れているのか。
私は、誰かの思いのなかに、誰の物語のなかに、生きているのか。
生きているのか?
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by chaiyachaiya | 2012-09-19 21:55 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

ツタンカーメンのこと 1

ちょっと前の、土曜日のことです。
幾多のプロセスを経て、チケットを確認してもらい、どうにかやっと会場への中へと進めた時は、それだけで、かなりの達成感を得られました。
ああ、ツタンカーメン展、の事です。
でも、更に、足止めの場が用意されています。
展示会場が、混み過ぎないための、工夫なのでしょう。
展示会場の前の閉じられた巨大マッチ箱のような一室で、来場者は、まず、古代エジプト新王国、ツタンカーメンについて、これだけは押さえておいてください、というナレーション付き映像を、マッチ箱内部上部のあちこちの画面で、勉強させられます。
この、いやおうなしの密室は、私に、悪く想像すると、ナチスのガス室、面白く解釈すれば、注文の多い料理店を想わせました。どちらにしろ、ほんの一瞬ですが、物騒な、命懸けのニオイがしました。
でも、展示場に向けた観音開きの、このツタンカーメン予習室のドアには、隙間があり、そこから、ツタンカーメン王の石像が、チラチラ見えていることに気づいた私は、もう広角周りの筋肉が天上をくいっと向くのを感じました。
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by chaiyachaiya | 2012-09-18 20:15 | ツタンカーメンのこと | Trackback | Comments(0)

いつでも真剣勝負

永谷園のふりかけをご飯にふりかける時の、私の表情は、永谷園のふりかけをご飯にふりかけるため、というには、尋常ではない真剣さに満ちているらしく、子供らは、その時の私の様子を、隠れ家で爆薬の調合をしているテロリストみたいだよ、と言う。
今日は、ホームセンターで、テッシュペーパーとトイレットペーパーを買う時、レジから丸見えの売り場にて、かなり真剣に取り組んでしまったらしい。
テッシュペーパーにおいては、値段、枚数、重さ、トイレットペーパーにおいては、値段、メーター数、重さ、を精査する。握力のより低い、重さに関して、先入観を持たない左手に持ってみて、再確認したりする。(鰻の蒲焼きを選ぶ時も、左手にも持たせてみる私だ。ああ。)
そんなことに集中している私の立ち振る舞い、表情は、やはり、ちこっと行動の正常値の外にあったらしく、同じ年代と思われるレジの女性に、ふふっと、何とも言えぬ微笑みを貰った。
瞬間瞬間、力点がずれたまま、全力で、深刻な私は、たまたま側にいあわせた人の笑いを誘うのです。
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by chaiyachaiya | 2012-09-18 19:51 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

骨、或いは私の愛の物語 34 ファナの物語

色の薄い種族達が、焦がれ、所有したがる、紅や碧や翠の石には、興味がない。
海がくれる、まるい虹の艶のある小さな玉は別、あれは、少し、欲しいと思う。
でも、色の薄い王子は、わたしに、海の虹玉、真珠、と言うものは、似合わない、と言い、濃い赤紫に透きとおった石のついた首飾りを、この胸に飾った。
それから、まわりに龍が彫られてる手鏡を、くれた。
龍の目は、一頭が紅、もう一頭が、翠。
今まで、生まれてからずっと、旅の途中で見た、街の中心の石橋や、村の端っこの家の扉に浮き彫られた龍たちの姿は、三又の劔で、刺し貫かれ、仰けぞっていたり、ぐったりしているかだった。
それの前を、荷馬車で通り過ぎる時、わたしの一族は、皆口をつぐみ、音無しくなった。
従兄弟はハモニカを吹くのをやめた。御者のジズは、前だけを見て、いつもの、リズムのある、余分な動きを全部やめた。姉は、わたしより長い髪を弄るのをやめ、辺りを伺った。
でも、色の薄い王子のくれた手鏡に彫られている龍は、するするとくねっている。全然苦しそうじゃない。
紅の目と翠の目のふたつの龍は、鏡に映ったわたしを、両側から、守っているよう。
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by chaiyachaiya | 2012-09-17 11:50 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

骨、或いは私の愛の物語 33 王子様の話

手はじめに、私が病に伏してしまったと、従者づてに伝えた。
一国の主になるべき男の嘘としては、あまりに卑小だが、いや、異教徒だというだけで、オレンジ色に燃える髪の姉妹の一族を、領内から追い出すことも出来たのだが、そう、私は、卑怯にも、仮病の床についた。
私は、娘の出方を、待っていたのだ。
矛盾する思いで、本当に病気になってしまいそうだった。
此の世のかりそめの栄誉とやらを投げ出して、明るく発光しているような、娘の長い髪に絡められ、死んでいく陶酔に焦がれ、ややあって、今度は、領内から異教徒達を一掃した勇者として、同じ神を奉ずる隣国の領主や民から、畏敬の念を持って語られる自らの姿を夢想している有様だった。
そうかと思えば、翼の色が、日の光りの下、角度によって、オレンジ色に輝いて見える、ぷっくりした小さな鳥が、窓辺にやって来た時、私は、娘が姿を変えて現れた気がして、その、私の掌で休める小ささの小鳥に、娘と韻を踏む特徴を探していた。
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by chaiyachaiya | 2012-09-13 22:32 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

ねこの寝言 という歌

そういえば、「ねこの寝言 」 という歌を 歌っていた 高田渡という人が お酒を飲んでいるのを、間近で見たことがある。
化粧を施していない、顔だちの美しい女の人が、隣りにいた。高田さんは、気持ち良さそうに飲んでいらした。
高田渡さんが、「ねこの寝言」や、「自衛隊へ行こう 」を歌うところは、見たり聞いたりはできなかった。
いや、後日、実際はライブ会場で聞いたんだけれども、友川かずきさんの、「くうびいしめるがあ~だあぎいしめるがあ~」の強烈さに、他の記憶が、薄らいでしまった気もする。
なのだが、私の頭のなかでは、軽い眩暈とともに、ふっと気の抜けたような、『ねこのお、ねごと』のフレーズが、いまだに、ゆるゆるくるくる、鳴り続ける日がある。
いつ、聞いたんだろう。
それとも、私が、「ねこの寝言」というタイトルから、勝手に、もやっとしたメロディーのサビを、作り上げ、ひとり既耳感に陥っているだけなのだろうか。
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by chaiyachaiya | 2012-09-12 16:52 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

オムレツと卵とじの間

朝方の夢の内側に、既に自分が存在していたのだが、更にもう一個、私が出現して、悩ましいことを言うのだった。
「新興宗教と健康食品はのう、結果が思わしくない場合でも、信仰してなかったら、摂取していなかったら、もっと酷い状況でしたよ。これくらいで済んだのです。って、言えばいいから、同じでのう。
でも、オムレツと卵とじの間の距離が、いや、違いが、よくわからないでのう。」
そう言って、私に、バニラとソーダの二色ソフトクリームを握らせると、私の前から、すうっと立ち去った。
ちなみに、立ち去った側の私の装束は、インドのチュニアチョリで、桃橙色のインド式ブラウスにロングスカート、大振りなショールを被り、妙な話を聞かされた側の私は、古代エジプト、新王国時代あたりの王妃の、ボウリングのピンの様な王冠を被っていた。肩のぐるりを、黄金に、ラピスラズリ、トルコ石、赤瑪瑙で飾られた真っ白なロングドレスに身を包んでいる。身体のラインが露わになっているが、腰から下は、バービー人形体型に変化しているため、砂漠のいたずらな風も、もはや怖くはなかった。
豪華で荘厳な古代エジプト王族コスチュームを身に纏った私は、インド映画の婚礼シーンのダンサーのような衣装の、(こちらの私の方も、夢の法則に従い、臍出しデザインのブラウスとスカートの間から覗くはずの、手術の跡がないのだった)もう一人の私から、どこかの親父擬きの口調で、唐突に、愚にもつかない文言を聞かされ、一方的に、立ち去られてしまったが、二色ソフトは、美味しそうで、溶ける前に食べちゃわないと、白い服に滴ってもマズイ、と思った瞬間、目が覚めた。
このわけのわからなさは、もしかしたら、生きることそのものやもしれぬよのう、と舞台上のひとのような口調で意味を求めながら、ベッドから抜け出る。
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by chaiyachaiya | 2012-09-07 13:40 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

妖魚の家 1

転校生に、早々と、近づくのが、好きでしたし、得意でした。
馴れた同級生達とのつきあいの中で、意識していたり無意識だったり、関係はお互い無傷であるはずがないのですが、ニューカマーとは、真っ白いところから始められるので、其処に逃げようと、いつもしていました。
ゲームのリセット、というより、無責任な遊牧民が、人間関係という牧草地を心無く扱い、穢した後、すべてをうっちゃって、新しい土地へ、へらへらと逃げ込むような感覚でした。
や、幼稚園から、小学校の低学年までの、ハナシでしたけれど。
自分は、なんだか卑怯で、嫌な人間だ、と感じていました。
田舎に住んでいましたので、「秘境に住んでる卑怯者」と、こころの中で名乗っていました。
幼いながら、自らを、このような可笑しみのある表現を持って断罪出来るとは、ませて、レベルの高い子供だぜ、と、結局は、悦に入っていたのですけれど。
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by chaiyachaiya | 2012-09-06 15:21 | 妖魚の家 | Trackback | Comments(0)


猫と日常と非日常
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