ふみちゃこ部屋



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骨、或いは私の愛の物語 23 ラッレの事

ラッレが、実験室から戻る時間だ。

「僕だよ、ラッレだよ。たった今、着いたんだ。」
  或る日の朝、ひとりの男が、ラッレだと名乗って現れ、うまい具合に私のドアをくぐり抜けた。
ラッレ、という名前の響きに、覚えもなければ、懐かしさや親しみを感じるいわれも、ないはずだったのだが、彼のみてくれが、美に最も敏感になった時の神の手で、丁寧に捏ねあげられたような、純粋な稜線を持っていたために、私は、つい負けてしまった。
ラッレは、再会を果たした幼馴染みの如く微笑むと、私の自家製のヨーグルトと籠の中の林檎を所望し、私はそれに従い、客人用の器で、あらたまったお茶の一揃えを載せるのが精一杯の、独り者用の食卓を満たした。
「ありがとう。でも僕は、すぐに実験室に行かなくちゃ」
彼は、礼を言いながら、食器をシンクまで運び、予備試験を受けに行く少年のように、部屋を出ていった。
彼が出ていった後、シンクの底で、ヨーグルトの器に、ソースとしてたらした黒すぐりのジャムが、ちょうどRの字を描いていた。
私は、暫く見つめた後、思いきり蛇口を捻って、そのRを水で打った。
ラッレの Rは、瞬く間に、流れ去った。

  しかし、正午には、ラッレと名乗る件の男が再び現れ、このアパートメントで、スモークした鮭と山羊のチーズをはさんだコッペパンを、大口を開けてたいらげていた。
昼食を用意したのは、無論私なのだが。
薄荷のお茶を飲み終えると、ラッレは、長い睫毛の上に、パン屑が載っていることに気づかないまま、扉の向こうへと消えさった。

それから、日没の終了を見計らうように、暗がりのマントを纏いながら、彼は帰ってきた。
「ああ、僕。ラッレ、ラッレが帰りました。」
そして、食前酒に、干し葡萄で作った濃い色の甘いシェリーを、私にもすすめた。
  その干し葡萄のシェリー酒は、亡くなった祖母が大切にとっておいた一瓶だと思うあまり、奥へとしまい込み、古い飾棚のどこに、それがあったのか、記憶から薄れていたものだったのだけれど。
どうしてだろう、ラッレは、古酒のありかを知っていた。

その日の夜は、ラムを大蒜とパプリカ粉の赤とサワークリームの風味で煮たものに、馬鈴薯の重ね焼き、蜂蜜を使ったドレッシングで赤蕪やチコリを和えたもの、を用意した。
「ありがとう。美味しい。君の料理には、神がさしているようだね。魔ではなく。」
などと、ラッレは、言ってのけた。
 
私は、彼について、ラッレについて、何も知らない。
  実験室、研究室、という彼の形の整った唇から発せられた瞬間から、学究的な響きに魅惑され、彼の食事の世話をする日を繰り返している。

  この街から一度も出たことのない私の、小さなキッチンのスパイス棚は、今しがた世界を旅して帰った後のように充実し、狭いアパートメントのなかで、そこだけが色彩に満ちている。

  
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by chaiyachaiya | 2012-05-26 00:49 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

骨、或いは私の愛の物語 22 おばさんと父親の骨

最初の骨は、父の。
油分と水分と蛋白質(あ、一緒に並べて語るのは、物質工学上間違っているのだろうけれど、)が焼かれて、熱い骨になって、再び現れたあの瞬間。

途中、焼き上がり所要時間の半分を過ぎたあたりで、炉の小窓から、お菓子を投げ入れる。
棺の内側で焼かれつつある亡き人への、励ましの意味があるというのだが...。
その頃には、既に殆どの肉も脂も焼かれ、肋骨の伽藍が炎のなかに見えるだけなのだが、もしかして、なんらかの不具合、不測の事態により、まだ骨と呼べる状態でなかったら、と考え、ゾクリとしながら、私達は、立ち向かう。
焼きあがり、スライドして出て来た、骨となった父の姿に、一同がどよめいた。
癌細胞によって薄く溶けた背骨を補強していたものが、白い骨を禍々しく貫くように、灰床で黒く鈍く輝いて見えたのだ。
「こんなんが、背中に入ってたなんて」
その瞬間から、父は、参列者其々の背骨のなかに、幾許かは、移り住んでいるのかもしれないと感じる。
もうきっと、私の父でもなくて、背中を病んで死んでいった人達の、溜息が、私達の背骨のちょっとした空洞を、満たしているのかもしれない。
だからますます、骨粗鬆症の私の骨の隙間が増すと、その分、死の分量が、増すのだ。
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by chaiyachaiya | 2012-05-19 16:00 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

骨、或いは私の愛の物語 21 おばさんがこの頃見た夢

母は私に言った。
「この蜜柑、安かったけど、小っちゃいけれど、凄い美味しい。食べて。」
既に、何個も皮をむいて、何個も食べたのだろう。母の指先は、黄色味を帯びていた。
「うんうん」
薄く少し乾いた皮から取りだした果肉を噛むと、口のなかは凝縮された甘味で溢れた。爽やかさをきちんと残し、本当に良い味がした。
あれから、夢であれ、現実であれ、あのような味の蜜柑にあったことがない。
夢よりも、夢のような、あの甘さ。


二日後の、おそらく夜が開けきる前に、黄色い指をしたまま、母は、ひとりで、冷たく固まっていた。
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by chaiyachaiya | 2012-05-19 14:55 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

骨、或いは私の愛の物語 20 おばさんがこの頃見た夢

しかし、母が完全に動かなくなると、叔母はもう、ケロリとしていた。
客が来た時は、天を仰いだり、床に突っ伏して、声をあげて泣いた。
わたしは、そのような行動を取れなかったために、人非人のように扱われた。

もう、父の姿は、どこにも無かった。

悲しくも、可笑しくもない夢だった。

私を含め、登場人物全員が、母の死を、それぞれの立場から、見とどけようとしていた。
いや、見とどける、というより、視界の真ん中からややずれた部分で、さらりと認識していただけだ。

母の死が、あまりに唐突だったために、避けられない事態だったとしても、母の死を、その過程に、せめて娘面をして寄り添いたかった、という私の心が見せた夢だろうか。
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by chaiyachaiya | 2012-05-19 14:29 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

骨、或いは私の愛の物語 19 おばさんがこの頃見た夢

母は、裸で、少しづつ、死んでいく存在として、居間のソファベッドに、横たわっていた。
意志を持って横たわっていた、というより、もはや、家族か、身内の誰かによって、横たえられていた、という状態に近い。
裸の母は、ミルクに一滴の血液と、タルクを溶かし込んだ、瑞々しくも、艶消しの肌色をしていたのだが、少しずつ死んでいる証しに、鮮やかな濃い桃色のケロイド色が、縞馬の背中の模様のように、その体表を彩っている。
母は、薄目を開けるのがやっとだった。私が話しかけると、なんとか薄目になる。
なんとか薄目を開けてくれる母が、床擦れを起こさぬように、私は、裸の母の体の向きを変える。
桃色の縞馬模様の母の筋肉は落ちていて、頼りないゼラチンのような感触がしたが、私は驚かない。
母も、絶望してはいない。
本来、このようにして、人は、ゆっくりと、死んでいくのだ。
母も私も、そう。感じている。
傍らには、父がいる。叔母もだ。

おかしいな。母が亡くなる二年前に、父は、既に病死してたのに。
いや、真実は、違っていたのかな。
いや、この世界を疑ってかかるなんて、よくないぞ。

父は、優しいまぼろしのように、私の傍で、母が、だんだん動かなくなるのを見ている。
叔母は、もっと床擦れを防げたはずだ、と、私を責める。
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by chaiyachaiya | 2012-05-19 14:08 | 骨、或いは私の愛の物語 | Trackback | Comments(0)

座敷童子さん 2

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四月中旬、友人と座敷童子さんで知られる岩手県二戸市の、亀麿神社へ。
お稲荷様の鳥居の中央と、亀麿神社の鳥居の上、それから朱色の門柱上に、白くて、もやっとしたものが、写っているような気がしますが・・・
何故だか、此方へ詣ると、心がみゃくみゃく、再始動するのであります。
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by chaiyachaiya | 2012-05-13 17:02 | 座敷童子さん | Trackback | Comments(0)

ノエル ギャラガー

まず名前が良い、と友人が言う。
「ノエル、は、柔らかくて、ギャラガー、で、がしんッ、て感じで、バランスいいもんね」
と、理由づけマニアの私が応える。
フランス語で、ノエル、は、クリスマスの事、でしたっけ。
酒呑父親の暴力下で育ち、クリスマス大嫌いだというノエルの語りに、吃音の名残りすら感じるのだが、ひとたび歌えば、違うお方となる。
特徴があるような、ないような、私にとって、形容し難い、様々な要素を持つ声。
ノエルの音楽に、地球上のかなりの人々が、心身をほぐしてもらっている。
私もそのひとりで、この一ヶ月、ノエル漬けとなり、ヒンディーフィルムソングを聞いていない。
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by chaiyachaiya | 2012-05-12 18:55 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

時々の夕方

夕方、気密性の高さをうたった住宅の隙間から、じわり、忍びこんでくるもの。
はい、それは、昭和のにおい。
湿り気を帯びた、茶色い煮物の、におい。
私は、なす術もなく、ソファで暫く蹲っている。
それから、すっくと身を起こして、「パニール シムラ ミルナ」という名の、カッテージチーズのインドカレーをつくり始める。
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by chaiyachaiya | 2012-05-12 18:35 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

聞くだけで元気になるCD

「講演会の後、いつまでも拍手が鳴り止まず、聞くだけで元気になるCD付録付き」という雑誌の広告が、新聞に載っていた。
これは「ゆほびか」に違いあるまいと思ったら、「SAPIO」という雑誌の、それであった。
「聞くだけで元気になる」と、うたわれていたのは、櫻井よしこさんの講演CDなのでありました。
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by chaiyachaiya | 2012-05-12 18:28 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)

古賀さんは竜馬 ?

経産省を辞められた古賀さんの御顔の骨相に、坂本竜馬を思い浮かべてしまう。
御顔の丈や、例えば額から鼻梁へのラインなど、似ている気がしてしょうがない。
古賀さんがTVの画面に現れるたびに、現代の竜馬さん出てる、と勝手に嬉しくなっている。
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by chaiyachaiya | 2012-05-12 18:16 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(0)


猫と日常と非日常
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