ふみちゃこ部屋



カテゴリ:猫( 12 )


シャーシャールーとごろごろルーの狭間で

や、わかっておりやしたよ。自覚はありやした。
あてくしは、未だAC(見た目は満遍なくシニアなのに、タマシイ5歳児)のよーそが、ちょい高めなおばさむだって事は・・・。

けれど、この冬、血中AC濃度が、自らの予想を遥かに超えて、滅茶苦茶高い数値を示している事実に、日々慄然とする事が、増えていたんです。

「え、おめえは、公共広告機構か、ACミランなのか?」
と、呑気な家人が、問うてくる。
てな、わけもなく、あてくしは、季節の巡りに、今年も、取り残されておりやした。

・・・取り残されて、くったりしてると、うちのアフガンの白戦士(別称 チンチラペルシャ)のジュヒーが、私のココロだかタマシイのあり方に寄り添ってくれる分、気がつくと、頬も背中も、ところどころ赤身を剥き出して、蹲るようになる。

だから私は、そんな愛しいジュヒーを、ことのほか、めんこがる。
「ジュヒー、ジュヒー、お母さんのたったひとりの女の子、優しい優しい、可愛い可愛い、お母さんのたったひとりの女の子」

先住長老猫アビシニアンは、如何にかーさんが、他の猫らを可愛がろうと、きゃつらは、2番手3番手、かーちゃんと俺の信頼関係を揺るがすものではない、と余裕の表情なのだが・・・。

ロシアンブルーのルーのココロは、そうはいかなかった。

「や、ほんと、ルーって、プーチン面だよね」
「うんうん、毛並みなんかは、みっちりと、銀灰色のシルクみたいだけれど、ロシアンブルーにしては、貧相じゃないけれど、悪魔大王みたいに、怖い顔に見えたりするよね」

などと、一家で言いつのり、ルーの心身のメンテを、ああ、軽んじていたのだ。

「ミャオん」
と、ルーが、真っ直ぐな瞳を期待に輝かせたまま、前脚を揃え、膝に乗ろうとしても、私は無視した。
ルーが大好きな、“世界旅行”(ルコちゃんの世界旅行〜っ、と言いながら、肩乗り状態のルーと共に、居間を渡り歩く、ルーはいつも、喉をゴロゴロさせていた。)も、してあげなくなっていた。
足もとのカーペットで、「おかーたん、見て、ルーだよ」と、ころり、お腹を見せて甘えるルーを、一瞥だけして、すぐに立ち去った。
「だって、ルーは、いつだって無傷。身も心も、損傷受けてないっしょう」
私は、ことごとく、ルーを、適当にあしらって過ごしていた。

と、冬のお終いの頃、ルーに、著しい変化が顕れた。
擦れ違いざま、兄貴のアビに、シャーっ。通りすがりの、妹猫ジュヒーに、シャーっ。「ルー」て、声掛けしたニンゲン家族の、あまつさえ、私にも、シャーっ、と威嚇するようになっていたのである。

あああ。ううう。
ちいちゃな、猫畜生(表現が良くないけれども)ですら、めんこがられてる実感無くば、グレちゃうんだな・・・。

・・・今はもう、ルーは、シャーシャールーではなくなった。
私は “ルーをこれでもかとめんこがろうキャンペーン”を、張ったのだ。
幾分、時間を要した。
上っ面だけ、猫撫で声を出したところで、初めのうちは、ルーに見破られ、逆に一層シャーシャーされてしまった。

・・・ルーを、幼い頃の自分に置き換えて、心から、声掛けし続け、幾週間経て、やっと、ルーは、シャーシャールーから、もとの、ごろごろルーに戻ったのだった。

・・・ああ。
ニンゲンも、ニンゲンの子供も、シャーシャー出来たらいいなぁ。
子供だけに生える、鋭い爪や、牙が、あったらいいのにな。

最初に引き裂かれるのは、無自覚で身勝手な、親なのだがなあ・・・。
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by chaiyachaiya | 2014-05-28 19:39 | | Trackback | Comments(2)

猫と人間の相互理解について

飼い始めた頃、アビシニアンのアビは、私が、ヒンディーフイルムミュージックを鳴らして、踊るやいなや、カプ、と足先を噛みに来ていた。
「か、か〜ちゃん、た、頼む、やめておくんなせい」
という、メッセージだということは、嫌でも理解せざるを得なかった。
アビにしてみれば、音楽はうるさい、か〜ちゃんは、いつものか〜ちゃんでなく、別ものになって、ドタバタ暴れている、という状況は、耐え難かったのだろう。

しかし、ああ、歳月の力よ。

今では、ジュヒーにしろ、インド映画のダンスシーンミュージックが、大音響で鳴るなかで、お腹を上にして、気持ち良さそうに、寝ているようになった。

「このての音が、鳴ってるってことは、か〜ちゃまが、取り敢えず、健やかでいれてる証拠。だから、安心。ご飯も、おトイレも、大丈夫」
と、まるで、悟っているみたい。

この頃のジュヒーは、居間のテーブルの椅子に腰掛けている私の傍に来て、後脚で立ち上がり、前脚を私の腿に乗せ、「にゃおん」と、鳴く。
「どうしたの、ジュヒちゃん」
と、立ち上がった私を、振り向きながら誘導する。
そして、ソファーの背凭れの端っこにジャンプして、香箱座りをする。
「ジュッちゃん、ブラッシング?」
と尋ねると、
「にゃおん」て、また言う。
ちょっとブラッシングすると、反対側の端っこまで歩み、其処にいる、夫におでこをくっつける。
「ジュッちゃん、ジュッちゃんのお父さんは?」
と、問うと、夫のほうを、じっと見る。

俳優の萩原流行さんが、自分と妻が離婚しなかったのは、猫のおかげだと、以前猫雑誌で語っていらしたけれど、本当に、猫の力は、計り知れないと思う。

猫らは只、自分らにとって、ストレスレスな状況を維持しようと、試みているだけかもしれないけれど、ああ、彼らの思う壺な日々であることよ。

そして、今宵も、猫らは、意図していようとなかろうと、真綿の如くに、人の痛みを吸い尽くしていたりするのだ。
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by chaiyachaiya | 2013-07-30 23:35 | | Trackback | Comments(0)

宇宙猫ルーの苦悩

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かーたん、お願いだから、たまにはお掃除して!お部屋ぐちゃぐちゃ、ぼくも自暴自棄状態。

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悟りを開いたぼく宇宙猫ルーは、涅槃に入っても目からビーム!

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いや、諦めるのはまだ早い。
母船にレスキューを要請だ! 目ビームMAX!

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私なんか、最近、床に降りてないもん。
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by chaiyachaiya | 2012-12-01 12:32 | | Trackback | Comments(3)

お母さん、こっち、こっち

原産国がアフガニスタンの、チンチラペルシャのジュヒのことを、「アフガンの白天使」と言ったところ、家族から、それだとなんだか、白装束で、目だけ出してる女戦士みたいだと指摘された。
今は、「白い弾丸」と呼んでいる。
この呼び方も、最初に、アフガンの、を持ってきたり、最後に、娘、を付け足したりすると、何やら物騒な響きになる。

長毛種は、その長い豊かな毛によって、肉球も覆われがちで、走行時、グリップが効きづらいせいもあるのか、ジュヒにおいても、他の短毛種には見られない、例えば、昭和のアニメチックなフォームを見せてくれる。
「ドドドドド~ッ」とか「ゴゴゴゴゴ~ッ」
という擬音が、斜めに描かれた足許の車輪に、ゴシック体で、突き刺さっている、あの懐かしい昭和三十年代の漫画のお作法。

続く
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by chaiyachaiya | 2012-07-03 10:40 | | Trackback | Comments(0)

ジュヒの女優修行

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決心したわ。女優になる。目指すは、役幅の広い演技派よ。


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本当の美人じゃないと、化け猫役は務まらないわ。


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「家政婦猫のジュヒは見た」。自らの美貌に溺れず、演技にさらに磨きをかけるの。


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でも、続く深夜ロケ、所属事務所とのトラブル。日々蓄積される疲労。倦怠感。またたびも、もはや効果なし。


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家猫は、寝ることにした。ちゃんちゃん。
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by chaiyachaiya | 2012-02-05 23:50 | | Trackback | Comments(0)

ルーの予防接種

 ひたすら甘える一方で、ちょっとはニンゲンさんのやむにやまれぬ身勝手な都合(?)にあわせてやろう、とかいう飼い猫の矜恃をちっとも持たぬルーを、キャリーに入れることを想像するだけで、力が抜けてしまう。
 アビなら、飼い猫ってえのは、こういうもんだぜベイビー感あふれる余裕の態度で自らキャリーに収まってくれるので、わたしは蓋をするだけ。
 ジュヒは、気配を察すると、ニンゲンのベッドの下に隠れ、名前を呼んでもあえて視線をはずして身を固め、チンチラペルシャの置物状態を演じて抵抗はするものの、数分で、もはやこれまでと観念し、キャリーのなかで、安定した香箱座りのかたちを取るのだが。、  
 ルーくんの場合、飼い主も覚悟を決め、頸の後ろをつかんで持ち上げ、キャリーへ導く、いや、突っこもうとすると、猛烈な反発をしてくださる。ブレイクダンスか、平等院鳳凰堂の本尊様をかこむ壁に張られた、天女の舞い百態、を空中で、命がけの勢いで、なさる。
 ふと思うのだが、インドアキャット・・・飼い主の都合で、外回りを許されないお家猫・・・が、外出して、他の世界に触れ、病気に感染する可能性があるとすれば、年に一度の予防接種の時ぐらいのような気がしないでもないのだが・・・。
 家を留守にする場合、ペットショップや動物病院に預かってもらう条件として、予防接種を受けていること、という掟がある。滅多にないその日のために、この飼い主は、猫の頸をつかむ。
「かーたん、いやだよう。いやだよう。いやだよう。だしてよう」
 必死の抵抗もむなしく、キャリーという檻に収容されてしまったルーの、抗議の叫びは止まらない。ときおり、鳴き声は、裏返ったりもする。
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by chaiyachaiya | 2011-12-08 09:53 | | Trackback | Comments(0)

可愛いものには、ちゃこをつけて 2

 前脚をそろえて、チンチラの女の子は、ガラスの向こうから、まっすぐにわたしを見あげていた。
 わたしを見つめたまま、彼女は、にゃお、と見事な口パクをした。ガラスによって、鳴き声が聞こえなかったのではないことを、その後の生活のなかで、わたしは学ぶことになる。
 家のなかで、声を出さずに鳴くのは、チンチラの女子だけだ。かならず、わたしを見つめ、ごくごく微かに、空気を振るわせる。わたしの耳に、それは女の子の頼りなげを超えて、生存の確認を急がなくては、ぐらいのレヴェルに響く。
 わたしのアタマの底では、ああ、小動物の雌に、やられてる、操られてるなあ、と感じてもいる。
 だども、抵抗できない。
 彼女のなかでは、ニンゲンなんて、ま、少なくても、この人間かあさんをいじるのは、簡単っ、という認識が深まっているのだろう。
 それでいいのだ、と思う。これでいいのだ、と頭のなかでは、も一回、バカボンパパが、だめ押ししてくる。
 
 ところで、家に連れてきたはいいが、去勢をした(ああ、ニンゲンの都合、勝手による)とはいえ、もと雄の気配を心身に残すアビシニアンとロシアブルーが、新入りの雌を、どう迎えるのか、あるいは、迎え撃っても、迎え入れることはないのか、とても不安だった。なにかが起きるであろうことは、確実な見通し。アビとルーの魂は、大恐慌を引き起こすだろう。うまく収まる保証はないというのに。そうとわかっていて、もう一匹新しい猫を連れていこうとする自分は、ぷち人非人やもしれぬ。

 次に日の午後には、チンチラペルシャの女の子は、餞に淡いピンクのリボンをお頸に結んでもらい、ハウス型の段ボールに詰められ、わたしの車に乗せられた。
 別れの挨拶のとき、お店のお姉さんが、じゃあね、と言いながら、涙ぐんだように見えた。
 お店の人を泣かせるなんて、この猫はなんだか凄いぞ、と、わたしは意味もなく、心のなかでほくそ笑み、そんなことでほくそ笑んだ自分に、また可笑しくなった。




 
 


 
 
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by chaiyachaiya | 2011-10-27 23:24 | | Trackback | Comments(0)

可愛いものには ちゃこ をつけて

 わたしの猫、アフガンの白天使、ジュヒは、チンチラペルシャ。
 
 長毛種など、今生では決して飼うことはないと(相変わらず、大仰な物言いのわたし)信じていた。いかに見た目が豪華だったり歩く姿が優雅だったりでも、その豪華優雅の元の長毛の手入れ、部屋じゅうに放出される長い猫の毛、を考えると、怠け者のわたしにとっては、ふふふ、ありえないことだった。
 しかも、チンチラペルシャといえば、わたしが思い描く猫の神秘的な美しさの対局にある顔つきなのだから、無料で差し上げます、と言われても、いやあ、すみません、と遠慮していたはずだ。あの、つぶれた顔を見ると、猫ではない、と思ってしまう。(実際飼ったことのある方は、性格も姿もけなげで、一晩で情が移りますよ、と言っておられたのですが)
 
 でも、わたしは、出逢ってしまった。
 ペットショップの大きめの檻のなかで、ごく小さなノルウエジャンフォレストキャットをせっせと毛繕いしている、子猫としての旬を過ぎようとしている、一匹の白いチンチラを。
「このチンチラ子、お見送りキャット、って言われてるんですよ。最近、ソマリ、やシンガプーラ、エジプシャンマウ、って珍しい子がいっぱい入ってきて。
 このチラ子ちゃん、かなりのお世話好きで、お母さんみたいに、毛繕いや排泄のお手伝いしては、相手の珍しい品種の子が、次々おうちが決まって出て行って、見送ってばかりなんです」
「へえ~、そうなんだ」
 わたしは、ペットショップの女の子の話に、わざとそっけない反応に終始するよう心がけた。
 なぜなら、ノルウエジャンフォレストキャットの耳の内側をきれいにしてあげているチンチラペルシャの顔が、ちっともつぶれ顔ではなく、大島弓子さんの「綿の国星」のヒロインチビ猫を、もいっかい猫に戻したら、こんななのでは、と思わせる顔だったから・・・。これは、やばいぞ。
「このつぶれてない顔って、あれでしょ、チンチラペルシャとしては、邪道ってことよね」
 意地悪く、わたしは言った。
 その瞬間、ガラス越しに、チンチラペルシャと視線が合った。なんと、ノルウエジャンフォレストキャット(ああ、長い名前、以下、北欧森猫)の耳のお手入れを終え、こちらを向いて、わたしを見ているではないか。

          続く
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by chaiyachaiya | 2011-10-02 21:16 | | Trackback | Comments(0)

アビに捧ぐ

 本来アビシニアンは、日本猫と比べ、小顔で手脚が長く、人類に例えれば、エチオピア出身のモデルの如くの容姿なのだが、・・・諸般の事情とわたしの無知により、うちのアビシニアンは、つちのこか、凶悪化した際のカオナシのような体型になってしまった。
 しかも、多頭飼いのストレスのためか、過度の毛繕いの結果、・・・ああ、多頭飼いは難しい、他品種とは無理、とアビシニアン本に記されていたのに、ロシアンブルーとペルシャを連れてきたわたしだ・・・アビの腹一帯の毛は失われ、贅肉は脚首まで垂れている。
 
 それでも、アビはわたしの顔に、小顔を寄せて寛ぐ。あるいは、わたしの鼻先に、自身の尻の穴を寄せて開き、親愛の情を示してくれる。
 猫に愛されるのも大変なことだと思うけれど、小動物に信頼される喜びは、わたしには、大切な生きる寄る辺だ。
 小顔なアビの顔も、至近距離になると結構大きく、何か対等な感じがする。実際には、削り節のことしか思ってなくても、深い表情、顔つきなので、かなり哲学的、且つ、仏の知恵に満ちた考え、答えを、持っていそうに見える。
 もはや、夫という感じがする。
 少なくとも、来世でアビが人間になってか、わたしが猫になってか、・・・いや、アビはアビのまま、わたしもまたヒトのまま、アビのサイズが、にんげんレヴェルに大きくなるというのはどうだろう。なんだか、初源的なメルヘンを感じてしまう。
 ピューマのように大きくなったアビシニアンにとって、人間のわたしは、飼い主でも仲間でも妻でもなく、捕食すべき獲物でしかないかも知れないけれど。
 
 
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by chaiyachaiya | 2011-09-10 22:53 | | Trackback | Comments(0)

猫たちの肉球的プロフイール

 アビ
 ある知人は、アビニシヤンと、関西人みたく言う
 肉球は、見た目は乾燥黒豆だが、思春期の部活の靴下が乾いた強いにおい
 横腹に顔をつけて息を吸いこむと、アフリカの乾いたオレンジ色の砂を感じる
 鼻の色は、大きな蠅の眼の色
 彼は、魂の友人、あるいは、夫

 ルー 
 ごく幼い頃は、転がる埃の玉と見分けがつきにくく、幾度か掃除機の吸い込み口を向けてしまった
 これは、家の埃の玉がいかに大玉かを語ってしまうことでもあり、恥ずべきだ
 肉球は、塩漬けの桜の色、薄い皮膜のような皮膚のうえで、においのない唾液がかわいたにおい
 鼻の色、遊んだ後に、すうっと湿気を帯びたネズミ花火の燃え滓の色
 瞳の色は、大陸で人気の明るい翡翠。彼はロシアの宝石

 ジュヒ
 近所の方に、じゅひ、って、樹の皮かね、変わった名前だね、と驚かれた
 肉球は、チャコールグレーに薄墨桜色の太いシャトヤンシー効果が現れたような、神秘の相 を呈 している。その時々の猫トイレの砂の材質のにおいがする。ヒノキだったり、緑茶だったり、炭だ ったり
 鼻の色は、貝から取り出されたばかりでまだ濡れている、淡いコンクパール色
 彼女は、アフガンの白天使
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by chaiyachaiya | 2011-09-10 10:37 | | Trackback | Comments(0)


猫と日常と非日常
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