肝臓で酒精を分解する間、脳内でのセロトニンの生成が停止してしまう、だから、呑んでばっかりいると、鬱になりやすいんじゃよ、ということを、ネット上の何処かで読んだように思う。
チコっと禁酒してみたのだが、やはり気持ちは沈んだまま(というか、カラダからアルコールが抜けきるのに、時間を要しているせい?)なので、タマシイの景気づけに、やっぱり、つい飲んでしまうと、機械油をさしたマシーンくんが、自分が機械であることを忘れ、身体感覚が戻ってきた、活動期只中の哺乳類の喜びを得たのごとくに、自在に動きまわれる。(や、本当は、哺乳類のおばさんなのですが)
とはいっても、このおばさん哺乳類が、どう動きまわるかというと、自称マシンガンヒィンディフィルムダンサーの面目を、夜中にひとりイヤホン装着で躍如し、踊り狂い、飼い猫らを不安がらせる、という、困った症状を呈すのがせいぜいなので、どのみち、恥ずかしいのですが・・・。
そんな翌日、猫らは、夜の分の眠りを取り返すべく、一日中眠り続けるのが常で、くったり、いつもより、眠る姿の嵩が、凹型に低く見えるので、申し訳なく思う。
昨年の今頃、チンチラペルシャのジュヒーの、両の頬が、自らの血で、ぬめぬめと生々しい赤を滲染ませていた時、獣医師(余談ながら、ちょっと中性的な美中年で、私は彼を見ると、ボブヘアのウイッグを何故だか被せてみたくなる)は、検査の後、
「ウイルスも、ダニも、何も出てません。何かストレス与えてないですか?」
と、言ったのだったが、確かに、その頃は、多分概ね人々を襲うであろう“中年クライシス”(懐かしいな、河合隼雄さん)の類に見舞われていて、しくしくすもも状態で、泣き暮らしていた。
『にゃにゃっ、2足歩行巨大か〜さん擬きが、おかしなことになってる』
猫らにも、わかり易い、マズい状況だったと思う。
この頃は、猫ら、特に、ひとり娘のジュヒー(猫バカは隠さないことにしました)の、美と健康のために、声をあげて泣く、ということはしていないし、声を荒げる、も、ぐったり無反応になる、も、していないつもりだった。
以前から、不思議に感じていたのだが、膝の上にやって来た猫に対し、MAX猫撫で声にて話し掛けながら、撫でていても、私がふと、何か別のことを思い浮かべた途端、本当にその一瞬の後、ひょん、と飛び降りて、行ってしまうのだ。彼らは。
それは特に、ロシアンブルーのルーに、顕著にみられる。
(この特質を使い、何らかの方法で、このロシアンブルーに、嘘発見猫としての活躍の場を与えられないものか、という思いが脳裏を掠めたが、や、やっぱり、うちのルーちゃんを、そげなあやしいミッションに関わらせてはならなぬ)
一旦は治まっていたジュヒーの症状は、ここ半年、一進一退が続いている。
背骨のラインにに沿って、首の付け根から尾のはじまりあたりまで、うっすらと血が滲んでいたり、傷の赤いドットが全身に散らばったり、片目と耳の間が、幾分抉れたようになり、少し目が細くなって見えたり。
いくら一定のトーンを保った猫撫で声を発し、猫らに対し、穏やかなか〜さん擬きオーラを放出しているつもりでも、か〜さん擬きの気持ちが落ち込んでいると、ジュヒーの毛繕いや、後脚での掻き毟りの回数が甚だ増えてしまう。結果、ジュヒーの皮膚炎は、完治出来ないままなのだった。
私の心身の調子に、小動物が、もれなく連動し、酷くなったり、癒えたり、は、飼い主として、嬉しくもあり、恐ろしくもある。
・・・この状況は、半透明なカプセル、というより、繭のイメージだろうか。
猫らと私は、意識の底で繋がり、お互いの魂の一部を滲ませ、溶かし込んで出来た、あたたかい繭の内側に、いる。
少なくても、私にそう錯覚をさせてくれるものが、猫にはある。
・・・居間の絨毯に香箱座りをしたジュヒーが、ジッと、何かに耐えているように、私を見上げている。