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ふみちゃこ部屋



京都で耳に聞こえた優しい声と言葉

私が持っていた、ヴィルヘルム・フルトベングラー著の「音と言葉」は、何処へいったんだろう。誰かに貸した覚えもないし、ブックオフへ持っていったわけでもないのに・・・。
お家の何処を捜しても、にゃい。
実家をとり壊す際、博多人形や、姫達磨カップルや、大黒天の貯金箱とともに、ゴミ裁断車に引き裂かれたのではあるまいな。
あの頃の記憶は、私なりの、個体保存本能によるものなのか、はっきりしていない。
朧げな部分と、やたら稜線がクッキリした処が、斑を成している。

・・・京都。
・・・観光で行ったなら天国、でも、住んだら、他県出身者が、住んだなら、地獄。
と、言う方もいる。
実際、四条河原町で、偶然、同郷の女の子と話す機会があったのだが、
「私は、この京都に、これから何十年住もうと、お客さんで終わると思います。ここの人びとは、言ってることと、本当のところが、違い過ぎて、自分はもう、対処出来ない」
そう、言っておられた。

私はといえば、観光客だったから、そんな辛い目に遭わずに、嬉しいこと尽くしで、今年の六月、京都での数日間を過ごしたのだった。

市立美術館でリヒテンシュタイン展を見た後、徒歩で知恩院を目指していた私は、余程、お上りさんモード全開の、ドキドキ不安気な表情をして、歩いていたらしい。
・・・や、心許無い顔つきをしながら、そう、MAX怯えた顔のまま、『でも、とりあえず車来ねえし、むはは』と、横断歩道を渡っていたのである。信号は、紛れもなく、赤、であった。
「信号無視やっ」
まさに今、渡り切ろう、というところで、とある高齢の男性が、私に向かい、声を上げた。
ヒィっ、と、たじろいだ私は、
「すみませんっ」
概ねもうパニック状態で、ピルプル固まってしまった。
「や、いいんや、いいんや」
薄墨ピンクのジャケットを羽織った老人は、ニヤっと、此方を見た。
「あの、知恩院行くには、どうしたら・・・」
その笑顔にホッとして、思わず尋ねた私に、彼は、気持ち良く教えてくれた。
「おお、ああ、あのな、まず、ここ、真〜直ぐ行ってな、でも、そっちはな、そこは、渡らんでな、其処はな、渡らんでな、や、そこはな、渡らんでな」
“そこは渡らんでな”の強調が、三度目を迎えた頃、
「お父さん、ひつこい、もう、ええから。もう、いいから。ごめんなさいね」
奥さんと娘さんと思われる二人の女性が、可笑しそうに、私に言うのだった。
「いえ、いえ、ありがとうございます」
私も、くしゃっと笑顔になった。
二人とも品があり、素敵だったな。

そして、六月の、私の京都の旅の最後の夜。
宿泊したホテルの、仏料理のレストランで、私は、夜ご飯をいただいた。
余分な装飾を排した、シンプルな、白い色が支配するそのレストランは、柱が、やたら太かった。多分、お互い、覗いたり覗かれたり、ということが極力なきように、設計レイアウトされているのだろう。

気が弱いくせに、一人で何処でも行ってしまう私は、そのレストランで、やはりひとり、飛び切りケミカルなコース料理に、向き合っていた。
・・・写真、撮れば良かった。
田舎モノな私は、いちいちパシパシシャッター切るのは、如何なものか、と萎縮し、自粛してしまったのだ。

不思議なお皿が続いていた。
加熱した玉葱にまぶされた、真っ黒な、微粒子。それが、ソース。焦がした玉葱とお砂糖のソース。だという。
それから、上段は緩く、下段はまったりと、泡立てられた、二層のトマトのムース。美味しいの? でもないの? もう、私の舌には、よくわからない。

そして、不思議がっていた私の耳に、唐突に闖入してきた、声、音。マシーンの言葉。
「そろそろ、赤ワイン、貰わんで、ええんか?」

喉頭癌で、声帯にも、影響を及ぼさざるを得ない手術を経験した後の、独特な機械音が、レストランに響いた。

その“声”の主である、背広姿の老人は、一族郎党をひき連れて来ていたんだと思う。
様々な年代の方たちが、十数人、そして、オールドローズ色のスーツを着て、彼の隣りに座っているのは、奥方らしい。

・・・いいな。

これまでの声帯を失ったとはいえ、この世の此方側で、一族郎党を従えて、赤ワインはええんか?と訊ける立場、状態の、そのお爺ちゃん。

私の父にも、そのお爺ちゃんに似た気分と、赤ワイン、味あわせてあげたかったな。
by chaiyachaiya | 2013-11-03 20:04 | ねこの寝言
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