ふみちゃこ部屋



カンパリソーダの美人と「過ぎ行く人たち」

女子パウロ会が刊行した、高橋たか子さんの「過ぎ行く人たち」を読み始めた。

ベネディクト会のベネディクトは、フランス語で、ブノワ、だという。
主人公の旅は、ブノワ、という名の青年を、魂のレベルで、やんわりとした、よすがとしながら、続くらしい。

まだ半ばまでも読み進んでいないのだけれど、「過ぎ行く人たち」において、きっと、“過ぎ行く”のは、主人公を中心軸として、過ぎて行く人びと、という意味ばかりではなく、語り手もまた、誰かにとって、“過ぎ行く人たち”の一人、いや、一人、ですらないのかも知れないような、淡くて透明な、個、という寄る辺なき存在が、ふっと重なりあう瞬間の陶酔を、私は感じた。

いや、感じた、というより、感じたかった。

文学的でもなんでもなく、格調も高くないけれど、唐突に、思い出してしまった、遠い記憶。
お互いに、過ぎ行く人たち。
この場合、いまだ、機会あらば取り出し可能な状態で、記憶の棚に仕舞っているのは、こちらだけだろう。
彼女の記憶の整理棚の何処にも、私の場所は、ないはずだし、ある方が、怖い気がする。

何だか勿体ぶっているみたいなので、あらましを、サッと、記そう。

・・・やることなすことトロい私は、正式な公園デビューなど、出来なかった。
家事に目処をつけ、何とか公園の入り口にたどり着く頃には、大方のお母さんたちは、子どもの手を引いて、そろそろ家に戻ろうとしているのが常だった。

けれど、たまたま、早めに、公園へと向かえた日があった。
私の子らは、嬉しかったに違いない。
お母さんたちは、お互いの子を、ブランコや滑り台、砂場で遊ばせながら、何処の幼稚園がどうのこうのや、メーカー別紙オムツの優劣や、三種混合ワクチンどうします、掛け算九九覚えるのだと「天才バカボン」ヴァージョンがいいですよ、など、話していたのだった。

私は、その人と、特に、話さなかった。
「へえ、天才バカボンのが、いいんですか」と、他のお母さん方に、返したりしていた。
時折、その人の笑顔が、私をとらえた。
小さな女の子を連れた彼女は、話しの中心にはいずに、柔らかく、微笑んでいた。かといって、控えめとか、ひっこみ思案というのではなく、本人の意志に関係なく、気がつけば爽やかに風上にいる、という感じがした。
すらりと長身で、髪が長く、80年代に、“ボケ〜ショオ〜ン”という如何にも呑気な歌とともに、チンパンジーも出て来る、カンパリソーダ系の瓶入りカクテルのCM(記憶が定かではないのですが)に出ていた、片頬にちょっと大きめな黒子のあるモデル(ああ、名前がわからない)を想わせる、美しい人だった。
そして多分、その場に溶け込もうと、私が頑張っているのを、皮肉な目ではなく、見ていたと思う。

結局、彼女ではない、本当は、趣味趣向の全く合わない人と、今で言うところの、ママ友になった。孤独な子育ての無聊を慰めつつ、情報交換に精を出すことが中心の、ママ友ワールド。

或る日のことだ。
その頃は、割と高い塀に囲まれた集合住宅に住んでいたのだが、私が、玄関先にいたところ、「こんにちは」と、あのカンパリソーダのモデル似の彼女が、塀の向こうから、少し背伸びして、声を掛けてきた。
「こんにちは」と、私は、返した。次の言葉を、継げなかった。

翌年の夏の始まりの或る日、転勤で違う土地へ引っ越した私は、その街の駅前のメインストリートを、家人と一緒に歩いていた。
すると、人混みのなかを、前方から、あの背の高い彼女が、カジュアルな、アースカラーのワンピース姿で、歩いて来るではないか。彼女の幼い女の子が、横にいたように思う。
「こんにちは」
ちょっと前方の地点で、いち早く、彼女は、言った。変わらぬ涼やかな笑顔だった。
「こんにちは」
そう返しながら、家族と共にあった私は、歩みを緩めることも、立ち止まることもなく、そのまま進んでしまった。

今では、私にしろ、彼女の顔の記憶は、ほとんど朧げとなり、目の前に現れても、もはや、わからない。
彼女に至っては、一度公園で見掛け、二度「こんにちは」を交わした人物がいたことすら、記憶には、ないのだろう。

お互いに、“過ぎ行く人たち”だったのだ。

久しぶりに、高橋たか子さんの文章に触れた。
淡い淡い、あるかないかの縁が、ひどく得難く、切なくて美しい思い出として、蘇ってくる。
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by chaiyachaiya | 2013-07-13 23:53 | ねこの寝言 | Trackback | Comments(3)
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Commented by enzo_morinari at 2013-07-14 12:21
迎えた日←向かえた日(Old Man Said Again)
Commented by chaiyachaiya at 2013-07-14 12:37
ぬおおおおおお〜っ。こ、このうえは、みどもには、腹を切るしか道は残っておらぬ。
早速正しましたあああああ〜っ。幾たびももご指摘、本当に痛みいります。m(__)m✖m(__)m
や、悪いのはみどもにあらず、この咎は、チリのリーズナブルなスパークリングワインにあると存じあげ候。
く、苦しい(大汗)✖(大汗)

Commented by chaiyachaiya at 2013-07-14 14:38
“幾たびもも”ではなく、“幾たびもの”でした。囧(;゜0゜)囧
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