人間の下半身なら、あり得ない方向に、その鰭は向いていました。脚の膝が、逆にくの字を描くかたちに、私の手前の方に、魚の部分を曲げていたのです。
彼女の魚の領分の充実した太さと長さを目の前にすると、もっと幼い頃に読んだ、アンデルセンや小川未明の儚い人魚たちの幻影が、入り込む余地はありませんでした。
鬱金色、とでも言うのでしょうか。ちょっと汚れた感じの山吹色の鱗でした。ところどころ、螺鈿のように、光っています。尾鰭は立派で、青に寄った緑の筋が、鰭の外側の一番長い部分に、入ってました。鋭いかたちの背鰭もあります。同じように、青緑のラインがありました。
ふと、この人の背中側から生えているものが、背鰭ではなくて、ふわふわの白い翼だったなら、と思われ、急に悲しくなってしまいました。
空を翔ぶ羽ならば、水を必要とぜず、ただ美しい貴種として、人間らを見降ろしていられるのに、って、子供心に思ったんです。
「あなたは、あんなに鯉のぼりが恐いのに、私のことは、恐くはないのね」
知らぬ間に、私は、みこちゃんのお姉さんの傍まで近づいていたようです。
彼女は、私の手を取り、人間でいうなら、腰の下の辺りの、もう完全に、魚のところを触らせました。
ゾッとする程、柔らかです。その表面を護っているのは、薄い薄い、鱗でした。
むしろ、臍のあたりの、人間としての皮膚の方が、傷つきにくいように思えます。
掌の体温は、特に低いというわけではなく、なんというか、今でいうなら、コラーゲンたっぷり状態の、艶艶と水気に溢れた感触でした。
手指の爪は、極薄く、かろうじて、爪と呼べるような質感しかなく、皮膚の下の血の赤みを、そのまま映しています。
私は膝を折り、只、みこちゃんの、異形のお姉さんの前にいました。
みこちゃんも私の隣に膝を折り、桶にいるお姉さんと、私に、かわるがわる視線をくれ、すこし満足気な笑顔になったりしています。