私のからだは、穏やかに波打つ岸辺の上空に、行き先もわからず、ほわりと浮かんでいた。どちらかと言えば、低空飛行だった。
漁を生業にしてる家々が、身を寄せあうようように、立っている。
浜辺では、次の漁に備えているのか、船や網、大漁旗を並べて、メンテナンスをしているようだった。
「あっ」
船の影に、あるものを見た私は、空中でバランスを崩し、傾きながら、地上すれすれの空を、滑るように泳いだ。大漁旗に混じって、鯉のぼりの一部が、私の視界に、真っ直ぐにはいってくる。
浜の砂の上にも、気取った食事の後のナプキンのように、ふわりくしゃり、鯉のぼりが点在している。
夥しい数の鯉のぼりが、全体像を示さぬ姿で、大きな目や鱗や鰭が、海岸線に沿って、どこまでも散らばっている。
「怖いっ。」
恐怖が頂点に達した瞬間、私のからだは、雲のまにまを飛んでいた。見降ろす地上の建物は、今度は、ダイスカットの冷凍ミックスベジタブルのよう。
ふと、周囲を見遣ると、ああ。
私は、無数の鯉のぼり達と、ひとつの方向に向かい、飛んでいた。
またしても、岡本太郎デザインの鯉のぼり以外の、仕上げには、川の清流で洗い清めたであろう伝統的なものや、箔を貼ったように鱗が輝くものなど、大小色とりどりの、鯉のぼり大戦隊、といった様子。
そのなかで、鯉というより、もはや鯨に属すほかなさそうな巨きさの、黒いボディが、私に悠然と身を寄せてきた。
その鯉のぼりは、真っ黒い総レースで出来ていた。背鰭や胸鰭、尾鰭は、同じ模様をした緑(水彩絵の具の、ビリジャン)のレース。
巨大ブラックレース鯉のぼりは、明らかに、意思を持って、私の傍を飛んでいる。
いつのまにか、怖さは、消えていた。
レースの隙間から、風が通り抜けているはずなのに、力学的にこういう状況はあり得ないはずなのに、その胴体は、何故かぷっくりと膨らみ、充実している。
ひょーひょー、きゅるきゅる、という風の音を、耳のすぐ側で聞きながら、絹や綿やポリエステルで出来た数多の鯉たち、それからレースで編まれた唯一の鯉とともに、高い空を、風に乗り、私はぐいぐい進んだ。
第二子がお腹にいた頃、こんな夢を見ていた。
どういったセクシャリティを持って、生まれてきてくれるのか、少し、訝しく思っていた。
やがて、男の子が、生まれた。とても、優しい子である。