物事が始まる、ほんの一瞬前の、瞬きにも満たない時間に感じる、あの予兆。
まだ姿は現わさなくても、くっきりと感じられる、神と魔物の領域からの、ぞくりとするような、愛しい気配。
いや、すべては、私の、この空っぽの髑髏のなかで、発酵した記憶。
「騙し絵のように見えたのは、あなたの方」
いつか、彼女は笑っていたけれども。
馬上から、彼女は、濃淡の緑の織りなす異国の騙し絵の一部のように見えた。
彼女のオレンジ色の長い髪は、夏の始まりの空気のなかで、とても不自然に発色していた。
「不自然ですって? これは、自然の魔法そのものの色。私の姉も、同じような色の髪をしてる。あなたの髪や瞳の色は、どんな悪魔によって奪われて、そんなに淡いのかしら」
驚いて、私は馬から降りた。馬は、動揺することなく、私の動きに従ったが、私は、恐ろしさを感じた。
彼女は、私が、まだ言葉にしていないことに、答えたのだから。
どんな大地の光りを浴びて、育まれた娘なのだろう。ぎこちなくはあるが、この土地の言葉を操っている。いや、もしかしたら、私の国の言葉すら、学んだのではなくて、彼女の一族の能力で、たった今、つかさどり始めたのかもしれない。
それでも、お互いが、異世界の騙し絵などではなく、同じような体温を持った者だとわかっただけで、二人とも、嬉しくなってしまった。
そう。二人ともなのだ。
私が、一方的に、恋をしたわけではない。